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ヒモと私

作者: 桜色

ちょっとエッチな表現がありますので、ご了承くださいませ。m(._.)m良かったら、評価もお願いします(o^v^o)今後の参考に致します。


 お揃いのマグカップ、可愛い食器、彼の匂い。これらは幸せの代名詞だと、私(律子)はその時信じて疑わなかった。大好きな彼氏(雅人)と同居する事になり、私は今まさに、幸せの絶頂を迎えていた……が、


「今日は、具合が悪いから会社休むよ」


 雅人のその一言から、全ては始まった。


「ねぇ、今日も会社休むの? 」


 私が雅人を問いただしたのは、その三日後の事。

別に風邪をひいてる様子など、全く無い。私が会社から帰ってくると、ネットゲームで遊んでいる始末。


(子供じゃないんだから)


 呆れた様子で雅人の背中を見つめていると、静かに雅人は言う。


「俺、クビになった」


「はぁ!? 」


 私は心底呆れた表情で返す。無職だと言うのにまるで焦る様子がない雅人。心の中にあるイライラを抑えて、優しく雅人に聞く。


「何で、今まで黙ってたの? 」


「おめぇに心配かけたくねぇからだよ……」


 顔を少し赤らめながら雅人は続ける。


「そんなに心配すんなって。お前が会社に行ってる間に、ネットで仕事を探しておいた。明日にも面接だ。がんばるぞっ」


 雅人は笑顔を無理に作ってみせる。


(そうだよね……クビになって一番傷ついてるのは、雅人だよね)


 私は雅人を優しく抱き締めた。


「生活の方は、大丈夫。私が何とかするから……明日、頑張ってね」



「サンキュ。お前みたいに、出来た彼女で助かったよ」


 雅人が誉めてくれた。私は嬉しくなり、彼の唇に軽く口づけをする。


「食事の支度して来るから」


 私は雅人の居る部屋を出てキッチンへ向かう。


 雅人はどちらかと言うと、亭主関白な方で、家事など全て私がやっていた。ちょっと位、手伝ってくれても……と思うほど、雅人は何もしなかった。

 少々、不満はあるが、雅人の屈託のない笑顔に、全て精算させられてしまう自分がいた。



 次の朝の目覚めは、とても気持ちがよかった。少しだけ、開いた窓から吹く、春の暖かいそよ風。私は重たい体を起こす。横に隣で気持ち良さそうに寝ている雅人にふと目をやる。可愛らしい寝顔におもわず、おでこを撫でる。


「じゃぁ、行ってくるね」


 静かにそう言い、部屋を出る。

 朝の身支度を手早くすませ、バックから零れ落ちている【写真ケース】を拾った。中には出逢ったばかりの雅人と私の、初ツーショット写真が入っていた。


 合コンで出逢った私達。最初は、互いに遊びのつもりで、一夜を共にする中……雅人のさり気無い優しさに引かれていく自分がいた。私は【遊び】なんだと雅人への気持ちを抑えこんだ。


 それから何日か経ったある日、知らない番号から電話がきた。雅人だ。

 その電話で互いの想いを確認しあい、私達は付き合う事となった。気が付くと、付き合ってからもどんどん雅人を好きになっていく自分がいた。

 それから三ヶ月、私達は今……愛の巣に居る。



 写真を抱き締めバックにしまい、私は思い出の余韻に浸りながら家を出た。私の会社はすぐ近くの桜町駅から、二駅行った所にある。それなりに有名な会社で、デザイナーの仕事をしている。その事が、ちょっとした私の自慢だ。



 いつものようにシャッターが閉まった、静かな商店街を歩いて行く。暫く歩くと、出勤ラッシュで混雑する駅の繁華街にでる。お決まりのコンビニで、サンドイッチと紙パックの苺ミルクを買う。私の朝の習慣。苺ミルクを飲みながら定期券を改札に通し、会社に向かう駅のホームに降りる。すると前方に、【見たことある顔】が居た。


「あっ! 康介?」


「えっ」


 彼は突然の声に驚くが、私に気が付くと笑顔を返してくれた。


「あれっ先輩、同じ会社なのに、ずっと見かけないから辞めちゃったのかな? って思ってましたよ。この路線と言う事はまだ、続けてるんですね」


 可愛らしい笑顔の、康介という男は、高校の時からの後輩。一見、茶髪にピアスのギャル男みたいな見た目からは想像出来ないほどの真面目人間だ。


「当たり前でしょ? あなたの部署と違う階なんだから。」


「……でも、良い情報を、手に入れました。先輩に会うためには、この時間帯にここで待っていればいいんですね」


「あのねぇ……」



 『電車が来ますので……』の放送と共に、騒音が辺りに響き渡る。扉が開き、電車の中に人が押し入る。康介と私も、人混みに揉まれ。気が付くと、康介が見えなくなっていた。


(今日は、いつにも増して混んでるなぁ)


 私は一端、会社のある駅に着くまで康介を探すのを、待つこととした。


「……っ」

 暫くすると、お尻の辺りに何かを感じる。何か当たっただけ。と、思っていたのだが……それは、ゆっくり太もものあたりから、スカートの中へ入り、陰部の辺りを撫で始める。

 ……声が出ない。

 痴漢なんて、殴り倒してやる。と、よく言った事がある。が、実際は何も出来ない。無力さを知る。


「来て下さい! 」


 声と共に腕を引っ張られる。気が付くと、康介の胸の中にいた。


「何、触らせてるんですか? 」


 少し、拗ねた顔で問いつめられる。


「……」


「……っえ? 聞こえない」


「……怖かったの」


「え……」


「怖かったって言ってるでしょ!?」


 思わず痴漢の犯人にまで聞こえるような声で叫ぶ。涙目の私に少し戸惑ったように康介は口を開く。


「ってきり……っ何でもありません」


「なっ何よ!? 気分、悪いじゃない! ハッキリいってよ 」


「触られて喜んでるのかな……って、仕事前だから不味いと思って、呼んだけど……良かった。嫌だったのなら、それはそれで」


「はぁ!? 何よ、喜んでるって!? アンタの中で、私はどんだけ痴女よ!」


 康介を睨むと、珍しく怒った口調で返される。


「先輩がすぐ、誰とでも簡単にヤるからです」


「そんな……事……ないわよっ! 」


 図星だ。実際、顔良ければ全て良し! と、言わんばかりにイケメンなら誰でも誘われれば、すぐにホテルへ行っていた事もあった。……が、今は違う! 愛する雅人が居る。


「今はどんな男よりも魅力的な彼氏がいるの。他の奴なんて、目に入らないわ」


 私が自慢気に言ってみせると、康介は不機嫌そうに顔を歪めてそっぽを向く。


「 バカな事やってる内に、乗り過ごしちゃったみたいですね」


気が付いたかのように康介は言う。


「いやぁあっ! マズいっ遅刻だぁ。次こそ降りなきゃ」



『ぷしゅぅっ』

 電車が止まりドアが開いた。私が足を降ろそうとすると、何かの抵抗によって阻止された。

『ぷしゅぅっ』

 ドアが締まり、電車は動き始めた。

 私が後ろを振り返るとそれは、笑顔で私を抱きしめていた。


「ねぇ、何するの? 降りようとしてたのよ」


「はい、降りますよ。次の駅でね」


 本気で怒った声を出したのだが……康介は相変わらず、えへらえへら笑っている。


「先輩、柔らかいですね……」


 康介は抱き締める力を強くしながら言う。首筋に感じる、康介の息に私は思わず反応してしまう。

 真っ赤になった顔を、なんとか見られまいと必死に顔を背けた。

 が、抵抗もむなしく体制を向き合う形に変えられる。康介の真剣な眼差しに見つめられ、ますます顔は熟したイチゴの様に真っ赤になる。


「先輩……今日

寄生虫博物館に行きませんか」


「へ……」


 急に切り出した、康介の言葉に拍子抜けする。

 さも、恥ずかしいセリフでも言ったかのように顔を赤らめる康介。


「インターネットで見つけたんです。先輩を誘って行けたらと思っていたんですけれど……ちょうど良かった。次の駅に博物館があるんですよ」


「……私が虫嫌いな事を知って言ってるのかしら」


ニコちゃんマークみたいに笑い続ける彼に、冷たい笑顔でそう返す。


「じゃぁ、更に次の駅にある遊園地でどうですか」


「……はぁ」


「そこも、先輩と行けたらと思っていた所で……」


「あのさ、会社……行かない? 彼がクビになって家計キツイし」


 私がそう返すと康介はまた、顔を不機嫌そうにさせる。


「先輩は仕事をクビになるような男と、一緒にいるつもりですか」


「……クビになるような男って……雅人にも事情があったのよ。」


 暗く言う康介に、私は愛想笑いを浮かべて返した。


「それに早速、面接してるみたいだし……康介の考えてる変な男とは違うから安心して」


 心配して言ってくれてるのだと思い、後から付け加える。康介はニヤリとして言った。


「なら、家計安泰。今日は遊園地ですね」


 ジャストタイミング。と、言わんばかりに扉が開く。




「入場券は大人二人でよろしいですか? 」


「はい」


 トンガリ屋根の小さな受付で雅人は、満面の笑顔で答える。

 一方の私はと言うと、二十代前半とは思えないようなやつれた表情で元気な隣のイカれた小僧を睨み付けていた。


「先輩。楽しくないですか? なんと言うか……この雰囲気。不思議の国に二人だけ迷いこんだ気がしませんか? 」


「はぁ、バカと付き合ってらんない」


(昔からこんな奴だったな……)


 ふと、高校時代の事を思い出しす。




「愛してます! 」


「はぁ?」


 忘れもしない、あの日。私は図書室の中心で、愛を叫ばれた。


 当時、私は援交、売春、そんなクソ真面目な『愛』とは無縁の世界にいた。その為か、彼のの真っ直ぐな言葉に新鮮な物を感じた。


「あのね、後輩くん。君に会うのは私、初めてなんだけど」


「はい。俺もそうです」


 端正な顔は、途端にくしゃくしゃな笑顔しなる。


「からかってんの? 」


 殴ってやろうか? 私は本気で思った。


「いえ、ただの一目惚れです」


 また笑う彼。


「やっぱり、ふざけてる!」


 頭にきた私は席を立って、図書室の出口に向かう。


「俺、本気ですよ。」


 その言葉の通りだった。彼は次の日の昼休みも図書室での睡眠を妨害しに現れた。


「あのねぇ、目の前に居られると眠れないんですけど」


「図書室の席は何処に座っても良い決まりですよ」


「はいはい」


(もう勝手にしろ)


 ふと、彼の持っている本に目をやると見馴れたタイトルが出ていた。


「あっ! この話……」


「先輩、知ってるんですか? 」


「売れない小説家が書いた話から、登場人物が出てきて大暴れする話でしょ? 何度も読んだ」


「へぇ……実は俺も気に入ってるんですよ。やっぱり、運命ですかね」


「……はぁ、勝手にそう思ってれば? 今に気付くわ。私が外見だけが取り柄の性悪女だって事」


「へぇ……それは楽しみですね。」


 一呼吸おいて彼はまた続ける。


「先輩に昨日、一目惚れっていいました。ただ単に綺麗だからとかじゃなくて、直感的に運命だって思ったんです」


「もしかして……アンタ、マジで頭イカれてるの? 」


 真剣な顔で彼を見つめた。あまりにもクサイ事を平然とした顔で言うからだ。


「あっ、そうだ。先輩の名前を聞いてなかったですね」


「東城 律子よ」


「……先輩らしい名前ですね」


「名前は? 」


「え」


「アンタの名前よ。」


「……俺に興味が出てきたんですか? 」


「そうじゃなくて、名乗られたら教えるのが礼儀でしょ? 」


「じゃあ、康介って呼んでください」


「じゃあ? まぁいいか……康介、ヨロシクな。私もアンタの事、気に入ったよ」


「本当ですか?」


「あぁ。今日の十九時に桜町駅の泣き虫像の前で待ってるから……」





「可愛い。可愛い。可愛いすぎるよ」


 父親よりも歳のいった男は、私の小さな体を貪るように舐めながら連呼する。

ホテルの綺麗な天井の照明を、ただ見つめる。隣から聴こえるテレビのAVの音。胡散臭い、女の声が聞こえる。私は負けじと声を出す。


 事が終わると私達は桜町駅に向かった。

 時間は十九時ジャスト。

 像の前の康介と目が会うと、私は隣にいる男と絡み合ってキスをしてみせた。

 男を改札まで送り、像の前まで戻ると康介は私に笑ってみせる。


「……俺の事、バカにしてるの」


「だから……わかったでしょ!? 私は恋愛なんて出来ないのっ!? 」


「わかりました。俺にも考えがあります」


 その瞬間、初めて康介に睨まれた。が、それはすぐにいつもの笑顔に戻る。


「直感は間違いだったようです」


 康介はそう言って人混みの中へ消えていった。



 次の日も、その次の日も、康介は昼休みの図書室に現れる事はなかった。


(なんで、アイツの事が頭から離れないのよっ)


 康介の存在が、眠りの妨げになる事には変わりがなかった。


 教室に戻ろうと廊下を歩いていると、反対側から康介が私の方へ向かってくる。


「康介」


 声をかけたのにも関わらず、康介は無視して去って行った。

 康介に告白された時と同じくらい拍子抜けした私は、想わず目で康介を追う。


「コウちゃん。クッキー作ったんだけれど……良かったら」


 突如、現れてた女の子は、康介に可愛らしく包装された小さな袋を差し出す。


「有難うございます! 緑川さんは料理が得意なんですね……今、食べてもいいですか? 」


「はい! 」


「あれ? リボンが開けずらいみたいですね」


「えっ?あぁ、ここはね……」


 二人の距離が縮まる。

 それだけで息がつまる。


(私、おかしくなっちゃったかも……)


 私はその場を後にして、急いで教室に戻った。


「律子? 真っ青な顔してどうしちゃったの? 」


「え……? マジ? 」


「美白しすぎて真っ青になっちゃったんじゃない? 」


「律子は美白好きだもんねぇ」


 私を見て、厚化粧の二人はゲラゲラ笑う。


「さ、お嬢様達。お勉強の時間が始まりますわよ」


 席に座って、もう一人が言う。


「はい、ご主人様」


 私が言い返すと、また爆笑が巻き起こる。




「あ――っ王子様だぁ」

 窓を眺めていた一人が叫ぶ。周りにいた女の子達が合図と共にむらがる。


「相変わらず綺麗な顔〜。」


「きゃぁ。遠くから見ても素敵ぃ! 島尻くーん」


 感嘆の声をあげる周りの友人らに置いてきぼりにされた私は、窓の下の人物を覗いてみる。


「康介ぇえっ!? 」


 二階の窓から私は叫ぶ。その声は勿論、すぐ下にいる康介に耳に入る。康介はこちらに気付くと、笑いかけてきた。

 どうやら、康介は王子様なんて呼ばれてるらしい。私には関係の無い事だけど。



 学校が終わり、いつもの出会いカフェに向かおうと学校を出ると……校門の前に康介が立っていた。


(もう関わりたくないから、気付かれないように行こう)


 私は静かにその場を去った。






「お誘いが入りましたよ」


「えっ」


 カフェに入って一服していると、すぐにスタッフに声をかけられる。

 スタッフに誘いの主がいる部屋に連れてかれると、そこには見馴れた顔があった。


「なっ、なんでアンタが……っちょっと、スタッフ。この人無理っ」


「先輩、騒がないで下さい 」


 逃げようとする私を抱き締める。




「康介……」


 あの時の冷たい康介はいなかった。唇が自然に重なる。


「行きたい所があるんです。来てくれますか? 」


「……う……うん」


 康介に手を引かれ、私達は歩いた。出会った頃のように康介は優しくて、私はそれがとても嬉しかった。




 暗がりに現れた建物は、いつもの学校であった。康介は学校の裏へ周りドアを開けてみせる。


「ここの扉はいつも、あいてるんですよ」



 暗い学校の中、窓から入る月明かりに照された階段を上る。昼の賑やかな世界とはうって違う世界に神秘的な物すら感じた。


「俺、たまに夜中に図書室で本を読みに来てるんです」


「え……鍵は? 」


「これが壊れて閉まらないらしくて、開いたまま」


 ガラッ

 図書室の扉を開く。


 目の前に広がるのは神秘的な深い葵色の世界。両側にある窓から僅かな光が差し込む。

 その月の道を歩きながら康介は続ける。


「先輩。……先輩にとっての誠意は何ですか? 」


「いきなりどうしたの? 」


 いつもながら唐突な問に私は戸惑う。康介は唇の端を上げてニヤリとしてから答える。


「俺が最初に先輩を好きになり、誠意を先輩に伝えました。けれど今、先輩への愛は消え果てました。」


 消え果てた。そこまでハッキリ言われると私としても耐え難い物がある。

 私の辛そうな表情など関係なしに、康介は続ける。


「愛が無いにも関わらず、先輩は俺が気になって仕方ない様子」


「ちょっと、変な事を勝手に想像しないでよっ」


「事実です」


「違う!」


「じゃぁ、何で顔を近づけるだけで顔を赤くさせるんですか……」


 康介に急に顔を近づけられると、息も出来なくなりそうになる。


「……わたしは、別に康介なんか……」


「これが最後です。誠意を見せてください」




「…………」


「分かりました。俺は帰ります」


 扉へ向かう康介。私はおもいっきり抱き締め、康介を止めた。


 あの時、私は混乱していたんだと今は思う。どうかしていたんだ。


「誠意……みせてくれるんですか?」


「……っこれで」


「え? 」


「コレで私を抱いてよ! 」


 私はバックから取り出した5万円を康介に差し出す。


「コレが先輩の誠意ですか? 」


 差し出された5万円を見て、康介は再度確認をする。


「そうよ。悪い? 」


「いいえ、先輩」


 康介は私の唇にくちづくをする。康介の舌が絡みつく。


「先輩はエロいですねぇ……」


 康介の舌が首筋を這う。

 こうして、私達の体だけの関係が始まった。


 だが、所詮は体だけの関係。何だろう。抱き合うたびに寂しさが増すだけだった。


 だから、高校を卒業を機に康介とは会わないように、連絡も取れないようにしていた。

 これ以上、一緒にいたら駄目になるから。




「せーんぱいっ、おこずかい頂戴」


「は……!?」


 結局、二年後には同じ会社で再会してしまうのだが、幸い部署が遠く会う機会は、ほとんどなかった。


「康介、一緒に帰ろう」


「……あれ? 彼女?」


 康介と話をしていると、ロングヘアーの綺麗と言うより可愛いらしい女の子が声をかけてきた。


「あ、まぁ一応」


 康介が少し顔を赤らめながら苦笑する。


「仲良くやんなよ。じゃあね」


 私は笑顔で返す。不思議と前の様な嫉妬心はなかった。

 二年も経てば人の心は変わる。私の気持ちの中には、もう康介はいなかった。

 いなかった筈なのに……どうして、康介は私の前にまた現れるの?




「きっ気持ち悪っ……」


 ベンチの上に横たわる康介。


「大丈夫?」


「これが大丈夫に見えますか?」


 ジェットコースターに乗りたいと言いだした張本人にも関わらず、康介は見事に倒れていた。


「先輩はよく平気ですね……」


 

 皮肉めいた様に康介が言う。


「普通に、苦手なら乗らなきゃいいのに」


 私がぽつりと言うと、康介は笑う。


「駄目だね。せっかくのデートなのに……倒れてちゃ」


 康介は体を持ち上げ、ベンチから降りようと立ち上がる。


「康介っ!? 無理しないでっ、ね?」


 フラフラの康介の袖をつかみ、私はベンチに引き戻す。


「ごめんね……先輩」


「いいから、休もう」


 ベンチに座るなり、康介は私を見つめる。


「どうしたの?」


「実はさ、謝ろうと思って先輩を連れて来たんだ」



「謝る? 何を……」


 暗く、顔をうつむける康介に私は戸惑う。康介はバックから封筒を取り出して私に差し出した。

 かなり分厚い封筒だ。


「高校の時、貰ってたお金、返すよ」


「……え? いいのよ。私が好きで渡したんだから」


 私が断るのに、つきだした封筒を康介はもどさず、顔をうつむける。


「先輩と、もう一度……今度はちゃんと付き合いたいからっ! 今まで、傷つけてごめん」


 いつも、笑顔の康介はそこにはいなかった。


「……受け取れないよ。傷つけたのは、私も同じ」


 無理に笑ってみせる。結局、私達は互いに傷をつけあっただけだった。

 あの時、私が悪戯に康介を傷つけなかったら、二人幸せにいられたかもしれない。

 今、康介から封筒を受け取れば、全てやり直せるかもしれない。


「お願い。先輩が居ないと、先輩じゃなきゃ駄目なんです」


「……康介、ありがとう。でもね、雅人が待ってる」


「そ……そうですか。俺だって、いつまでも待ってませんからね」


「えっと?」


「先輩は運命の人です。間違いなんかじゃありませんよ」


 康介はいつもの様な笑顔をみせて言う。康介のプラス思考に、私は深いため息を返す。


「はぁ……やっぱ、病院で頭、診てもらいなよ」


「先輩がナースするなら、いいかもね」






「今日はありがとうね」


「こちらこそ。家の近くまで送りますよ」


 桜町駅について別れようとすると、心配そうな康介の視線に縛り付けられる。

 目線を反らせない。


 私より、頭一個分高い君に背伸びして近づける。

 近づく呼吸。

 一瞬の出来事。


 重なる唇。

 これが、最後の意地悪。

 私の事を忘れられない位に刻み付けたい。縛り付けたい。他の人なんて見えないくらいに……。


「先輩、いい加減にしないと怒りますよ」


 唇を離した瞬間に、康介の鋭い瞳に睨み付けられる。


「……康介が一番好きだよ。でも、雅人も好き」


 康介が今日、あらわれなければ、この思いに気が付かなかったのに。

 頬を伝う涙。

 だけど、涙なんて半分嘘。君に狙いを定めたから、不安定な女を気取ってるだけ。


 人の気持ちなんて、常に移り変わるでしょ?


 康介に抱き締められる。


「先輩、俺は絶対待ってるから」


 そうだよ。君は私のヒモで、私無しでは生きられないんだから。

 勿論、雅人の事は愛していたよ。君が現れなければ……ね?

 丁度よく、リストラになってくれたしね。別れる理由なんて、いくらでもつけられる。でも、嫌な女にはなりたくないから、わざと浮気させるとか? そしたら、傷ついた私を守る為、君は離れられないでしょ。



 康介、誰よりも愛してるよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読させていただきました。本当の愛を見つける良い話と思います。ただ痴漢にあう場面で、まさぐられている手がどうなったか描写すれば状況がもっとわかりやすくなると感じました。ホテルの場面も、いい歳…
2008/10/12 22:26 退会済み
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