北上さんの1日
「政!起きなさーい!」
朝7時。ピピッというアラーム音とほぼ同時のタイミングで部屋の扉から声が聞こえる。
「ヒッ!お、お姉ちゃん……!」
その声で意識が覚醒する政。青ざめて、ガタガタと震え布団に潜り込んだ。
「あ!また鍵閉めてる!閉めるなって言ってるのに!」
「私は寝ている…私は寝ているッ!」
自己暗示のように呟き、迫り来る姉の恐怖に負けないように必死である。何が政をそこまで追い込むのか。
「しかし!妹よ!昨日までの姉と思うな!今日こそはと思い、鍵を複製した!とう!」
ガチャガチャと金属音が寂しく響き渡る部屋。扉が開く気配は無い。
「あれー!?おかしいな!まさか!また変えたの!?」
「………ふふふ…ボクの部屋は小田原城と同じ。常に改修を繰り返し進化しているんだ。お姉ちゃんと言えど落ちはしない!」
「違いますよ才華さん。部屋の鍵を変えたんじゃなくてここをこう細工しただけです、ほら空いた」
「あっ!本当だ!流石勝くんは頼りになるぅ!頼りになる勝くん、略して勝頼くん!おはよう!」
「おはようございます。略した方が正解ですよ、それ」
「はははー。さぁて、妹の寝顔を存分に……って起きてるじゃないか!」
「こ、この!裏切ったな勝頼ィ!!」
小田原城の最後は内部の裏切りによる落城。歴史の再現を毎日繰り返しながら、また1日が始まる。
「はぁ…憂鬱だ。酷く憂鬱だよ、ボクは」
「わかったわかった。何をして欲しいんだ?」
勝頼のこういう察しの良い所がいい。本当に知略元々20台とはとても思えない。それも大抵は聞いてくれるというボクにとって最高の親友である。
「学校に行きたくない。そうだ、駆け落ちしよう」
「そうだ、海に行こうなら聞いてやったが、駆け落ちは無しだ。この町に戻ってくる気が無いだろ」
「じゃあ海。とりあえず学校行きたくない」
「惜しいな、もう期限切れだ。ほら、キリキリ歩け」
「あーー…ダルいぃ…眠いぃ…もう疲れたぁ…」
「引きこもって自堕落な生活をしているからだ…少しは改めろ。篭城中でなし、起きている必要無い時間まで起きているからだ」
「積みゲーand今季のアニメまだ確認してないのばっかなんだ!本来学校に行っている暇すらない!」
「これ程まで見事に趣味に本業が潰された例を俺は知らないな。程々にしないと今世本当に棒に振るぞ」
「……君に言われたくないな」
「……?俺は真面目にやってるぞ?」
知らないと思っているようだが、伊達に前世持ちでは無い。幼い頃から諜報の網を広く張ることに注力してきたのだ。行き着いた結論はインターネットによるハッキングと各地のハッカーとの連携。やろうと思えば、いま人気の仮想通貨を大量に奪い、市場を大混乱に落とすことすらできるのである。
その副産物が、パソコンとの昼夜逆転のにらめっこによる精神エラー。アホっちゃアホだ。
しかし、情報という情報は得ていてる。例えばこの街の裏組織の人間など。まして、今有名な猛虎様なんて心当たりしかない特徴の容姿をしている。
「真面目そうにしている人が1番怖いって事だね。あぁ、恐ろしい。……殺すのはいいけど、殺されないでよ?」
「いや、どっちもダメだろ。警察沙汰だぞ」
「いいよ、ボクが揉み消すから」
「何もんだよお前…」
警察の弱みなんていくつ手に持っていると思っているんだ。むしろこんなこと知ってるとバレたらボクが警察から消されるレベルなんだぞっ!
大柄強面男子と、引きこもりの小柄女子の微笑ましい登校。先生方も頬を緩める光景は少し裏を捲ればヤクザの活躍筆頭株と世界市場を大混乱に落とせるネットサバイバー。
その両方を知っている今川くんは、軽く引き攣った笑みで朝の挨拶をかわすのであった。
「今日はすぐ帰る。もう帰る。勝エモン!どこでもドア!」
授業が全て終了し、放課後の突入。この時をどれほど待ち焦がれたか!帰る早く!一刻も早く帰るのだ。
「そしてもう来ない!」
「すまんな、今日もうコイツを帰す」
「いや、いいよ。僕も部活があるからね」
誰も何も言ってくれない……。やばい、軽く病みそう…。2人が楽しそうに談笑してる…そこに入れないボク…あぁ、やばいついに、ついに本当のボッチに、ボクはなるんだ。もうダメだ、世界市場を乱して経済的にいくつかの国を壊したあとにボクも死のう。
「こんなことでいちいち闇落ちしそうになるな!」
「痛い…叩かないでよ…。フフフ」
「叩かれて笑ってる…」
情緒不安定だって?知ってるさ!存在を認めて貰えないと生きて行けないからね!でも、社会参加はノーサンキュー。
「日に日に酷くなっている気がするのは僕だけだろうか…。そのうち、本当に勝頼くんがずっと一緒にいないとダメになるかもしれないよ」
「やめてくれ…恐ろしい」
夢はお嫁さんだ。誰のかは言わないが、その恐ろしい未来が近いことは覚悟してもらおう。なんなら来年籍を入れてもいいのだ。嫌でも一生面倒見てもらうよ。
「ふふふ…では、帰ろうか」
「含みのある笑いだな……まぁいいけどよ」
「おっと。そんなに気持ち悪い顔だったかい?」
「まぁ」
「気持ち……悪いんだ…」
「嘘、嘘。可愛い、かーわーいーいー」
ハッ、ハハハ。驚かせないでくれよ。スマホの世界崩落スイッチを押しかけたじゃないか。
「まぁ、そうだろう。ボクは可愛いから。機嫌を直すよ、それに、ボクの1日はこれから始めるしね!」
家へ向かう足は軽く、スキップしたくなる。早足にして転びかけて勝頼に支えられたからしないけど!
しかし、最近本当に勝頼にカッコ悪い所を時々見せてしまっている。ここらでバシッと株を上げておかなければならない。
仕方がない…いままで温めてきた驚愕の真実!聞いて驚いて膝まづいて求婚しろ!一生養いますって言え!
「引きこもりコミ障のポンコツなのはここまで!これからは世界各国の諜報機関や経済関係者が恐れる最凶ハッカー!フッ…ボクの才能が恐ろしいね」
「中二病でも恋がしてぇっていうアニメ面白かったよな」
「違うよ!妄想じゃない!今まで黙ってたけど!本当の事だから!」
「シュタインズ・扉っていうアニメがあってな…」
「よーし!信じてないな!いいだろう!見せてやるよ!試しに隣国の仮想通貨を暴落させてやる!家に来て!」
「見てって言われてもな……パソコンをカタカタやって変な数字が流れていくだけだろ?訳が分からないし、興味もないよ」
「グッ!あまりに高度過ぎて興味を引けない!?」
「あ……でも、信じるぞ。お前の言うこと」
「…あー、はいはい。機嫌とりでしょ。どうせ信じちゃくれないんだ」
「いや、本当だって。だってお前、生命狙われているから」
「ヘ?ッひぃ!な、なんだあの黒人黒服達は!」
「お前にゾッコンだな。俺のお客じゃねぇし。求婚すんじゃねぇの?」
「入れたいのは籍で!棺桶に入りたい訳じゃないんだ!」
ヒィィ!と、縮こまる政を庇うように前に出て政を囲む黒服たちに相対する。
「日本語通じる?」
「ノーだ、勇気あるボーイ」
「オーケー。バリバリ通じるな。先に謝っておくわ、お前ら起きたら多分記憶無いぞ?」
「この人数を見てもそう言えるのは、馬鹿を通り越して才能だ。勿体ない、でも大丈夫だ。起きたら名前も忘れてる筈だ。ラッキーボーイだよ君は」
「「はははははははははっ!」」
「……………君って、本当に人間かい?」
「虎だ、ガオー」
「多分虎より強いよ、それに素手で勝てる。今度熊と相撲してきたら?」
「何度かしてるよ」
「……ボクを抱える時とか力加減間違えないでよ?ぐしゃっていくかもしれないから」
勝頼の世話になっている組に襲ってきた黒服達を引渡し、記憶に関する特別措置をお願いした。
これで暫く大丈夫であろう。まぁ、近いうちに大元を叩くが。
「あ、勝頼。それは大丈夫だよ、帰ったら潰すから。大体検討ついているんだよ。なに、ボクにはボクの戦い方ってね」
ニヒヒッと悪い顔をする政。その顔が今日一番の笑顔であった事を静かに記憶する勝頼と二人で残り少ない帰路につくのであった。
(作者の)息抜き小説です。