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人魚の声が聞こえない  作者: 881374
第五章、オトヒメの供物(サクリファイス)。
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第五章、その九

 ふふふ、僕もずいぶんと変わっちまったもんだぜ。これもすべて鞠緒まりおと出会えたからであって、

「──うしおー!!」

 うわっ!

 いきなり目の前の少年が、僕の胸元へと飛び込んできた。感極まった月長石ムーンストーンの瞳が、涙に揺れながらもきらきらと輝いている。

「うしおうしおうしおうしおうしおうしおうしおうしおうしお! もうけしておまえのことを放しはしないぞ! やはりおまえこそが我の『王子様』だったのじゃ。安心しろ。たとえ我がおまえのことを喰ってしまったとしても、その代わりに必ずやおまえの卵を立派に生んでみせるからな。おまえの我に対する愛と誠意はけして無駄にはせぬぞ!」

 なっ。またしても人のことを『王子様』呼ばわりなぞをして。いやそれよりも、何だよ『僕の卵を生む』ってのは。おまえの正体はいったい何なんだ? まさか昔東京タワーあたりで、巨大な繭でもこしらえたりしていたんじゃないだろうな。

「こうしちゃおれん。おまえもずいぶんと腹を空かせておることであろう。いかんいかん、父親のほうも精をつけねば立派な卵はできぬぞ。ついてまいれ。我が何ぞ小動物でもつかまえてやるほどに」

「うわっ、ちょっと!」

 こちらの意思などお構いなしに、力まかせに僕を蔵の外へと引っ張り出していく少年。

 どうでもいいけど、生物の三大欲望の中には食欲と性欲以外にも、きちんと就寝して休養をとるっていうのもあることを、ちゃんと忘れないでくれよ!


          ◇     ◆     ◇


 おなじみの聖地『満月つきの泉』にたどり着いたときには、すでに夕暮れ時へと変わっていた。


「……な、何だ、これは」


 何とそのとき僕の目の前では、蛍の光を百倍の大きさにしたかのような淡い光の塊が、すっかり落陽色に染まった水面の上を数知れず浮遊していたのだ。

 ま、まさか人魂か? 結構ここには足を運んでいるのに、こんなのを見るのは初めてだぞ。何とも芸の細かい隠れ里だよな。まだ何か隠し玉を持っているんじゃないだろうな。

「どうした、うしお?」

 僕のつぶやきを聞きつけたのか、草むらに首を突っ込んでナキウサギか野ネズミあたりを探していた鞠緒まりおが、とことこと駆け寄ってきた。

「なあ、あれって──」

「ああ、『人魚にんぎょおく』か。おまえは見るのは初めてじゃったな」

「人魚の送り灯?」

「そうじゃ。毎年秋の初めの満月の夜には、ここはこの送り灯によって、かように埋め尽くされることになっておるのじゃ」

「いったい何なんだよ、これって。燐光か何かか?」

「魂じゃ」

「──はあ?」

「我ら人魚の魂の成れの果てじゃよ。ただし自分の『王子様』を見つけることができずに言葉こころを失ったまま水の泡と消え去ってしまった、哀れなる『人魚姫』たちのだがな」

「な、何なんだそれは。この里伝来のおとぎ話か何かか?」

 あ、しまった。すでに存在自体がファンタジーかホラーであることが明白な相手に対して、今さら『おとぎ話』も何もあったもんじゃないだろう。見ろ、鞠緒がジト目で僕のうっかり失言を糾弾しているぞ。

「おそらくは我が一族の伝承を聞いた者が、人間界に広く伝わっておる『人魚姫』の寓話を作ったのであろうが、現実はそれほどロマンティックなものでもなかったのじゃ。人魚とは元来命や肉体はあるものの『心』というものを持たない存在であり、たぶんそれがおとぎ話で人魚姫が海底の魔女との取引によって言葉を話せなくなることにつながっているのであろう。さらに魔女は人魚姫が『真実の愛』を得られなければ海の泡と化してしまうという呪いをかけるが、本物の人魚のほうも同様で、真に自分のことを愛してくれる相手である『王子様』と巡り合うことができた者だけが、『心』を得ることができ新たなる命を残していくことをなし得るのじゃが、それが叶わなかった者たちはその身が朽ち果ててこうして魂だけの姿になっても、永遠に現世をさまよい続けなければならない運命が待ちかまえているというわけなのじゃ」

 そう長々と説明をし終えた少年は、再び何か獲物を探すために草むらのほうへあっさりと離れていった。あまり御先祖様に対して信仰心が深いタイプではないらしい。けしからん、巫女姫のくせに。

 でもまあ言ってみれば、人間界での『盂蘭盆会』みたいなものなのかな。うむ、名付けて『死人魚の盆踊り』てのはどうでしょうか。

 しかしあらためて、これが人魚とはいえ魂の成れの果てだと言われてみれば、そのまるでダンスをしているかのように光り飛び交う様も、どことなく物悲しそうにも見えてくるものだよな。

 鞠緒や館の連中が何かにつけ『王子様王子様』と言っていたのが、何だか理解できそうになってきたよ。そりゃあ必死になるだろうな。誰だって死んだあとまで未練を残して、こんな季節の風物詩みたいなものにはなりたくないだろうからな。


 ──でも果たして僕なんかが、鞠緒に『真実の愛』なんて大層なものを与えることが、本当にできるのだろうか。


 しかし、そんな感慨にふけっていたことこそが、まさしく命取りだったのである。僕らはそのとき卑怯きわまる襲撃者が間近に迫っていたことに、まったく気づけなかったのだ。

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