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「──彼女は、凄まじかった。次々と多大な功績を打ち立てて、これまでの他者に抱かれていた自身の評価をことごとく塗りかえていったよ。それでありながら学園内では基本、事故が起こる前のカミラ君を演じてボロを出すことは決してなかった」


 事故が起こった後のカミラについて語り続けていた先生は、一旦息を吐いて一休みする。椅子から立つと、戸棚へと向かう。


「コーヒーは飲めるかね?」

「……あ、はい。大丈夫です」


 先生は、カップを両手に持って、再び椅子に腰かける。そして、片方のカップをカミラに差し出した。


「あ、ありがとうございます」


 カミラはカップを口につける。先生の話をただ聞いているだけなのに、どうしてか異様に口内が渇いて仕方ないのだ。


「アーノルドは……その、どうしていましたか……?」


 恐る恐るといった様子で彼女は訊く。それが、特に気になったことだ。二年間、彼は変わってしまったカミラと共にどのように過ごしていたのだろう。答えを聞きたいような聞きたくないような、そんな質問。


「……そうだな。私は──ずっと隣にいたあのアーノルド君でさえ彼女の存在に気付いてはいなかったのではないかと思う。君には酷なことだが、彼は──事故前のカミラ君と共にいた時と寸分変わらぬ態度で彼女に接していたように、私には見えたよ」


 言いづらそうにしながらも、先生は迷うことなくカミラに事実を告げたのだった。


「そう、ですか……」


 その返答は半ば予想していたことである。だが、それでもカミラが受けたショックは大きかった。

 カミラはアーノルドを愛しているが、しかしアーノルドはカミラを憎んでいた。そのはずだ。だから、たとえカミラの中身が他人とそっくりそのまま入れ替わろうと、彼の態度は変わることはないのだろう。


 カミラの思考は与えられた情報の数々を順当に巡る。

 そして、ついにいつかはたどり着く予定であった、最大の疑問に彼女の思考は行き着こうとしていた。


 それなら、



 ──カミラに対する今のアーノルドの態度は、一体いつから変化をみせはじめるようになったのだろうか。



 その考えを頭の中で浮かべた瞬間、背筋が怖気だった。

 ──それを考えてはならない。でなければ、恐ろしいことになる。決して。


 心が即座に、拒絶する。


 無意識の内に、カミラは話題を転換していた。


「……どうして、そのように目立つような真似をしようと思ったのでしょう」

「ふむ、確かに彼女は何かあれば積極的に矢面に立っていたな。彼女はほぼ完璧に事故前のカミラ君になりきっていたが、目立てば目立つほど他者に己の正体が露見するリスクは高くなるのは避けられない……まあ、彼女の化けの皮をそう簡単にはがせるとは思わないがね。だが──」


 先生は、哀れむような目をして言った。


「──それしかなかった、というように私には見えた」

「それしかない? どういうことでしょう?」

「君には、二年間の記憶がない。そう実感した時、怖くはなかったかね?」


 カミラは、先生の言葉に頷いてみせた。


「……そうですね。とても怖かったです。まるで、知り合いが赤の他人のように思えました」


 周囲から自分だけ取り残されたような感覚を思い出して、カミラは思わず身震いした。湧き上がる恐怖、不安、孤独感。アーノルドがいたからこそ、カミラは耐えることが出来た。


「そうだろう。だが彼女は、もっと酷い。君が聞いた話が事実なら、彼女は目覚めたら見知らぬ場所で、それこそ本当の赤の他人に周りを囲まれていたということになる。目に見える光景は最早別世界だ。──それに加えて、自分という確固たる意識が存在しているのにも関わらず、まったく知らない他人の名前で呼ばれ、その名前の人物として振る舞えと強要されたということに他ならない。己の存在が頭ごなしに否定されたのだから、彼女が感じた精神的苦痛は……想像したくもないな。怪我で満足に身動きがとれず、会う人全てから『お前はいらない』と言われているのだから、彼女には、目に映る全員が敵に見えたことだろう」


 彼は、「これは、あくまで想像だがね」と前置きし、そのまま話を続ける。


「おそらく、彼女が二年間、活発に人前で活動し続けたのは、ひたすらに目先のことだけに目を向けて、己の中に感じる不安や恐怖を紛らわしたかったのだろう。君にはアーノルド君がいたから良いものの、彼女の心は誰にも寄りかかることは出来ず、常に孤独だった。──だからだろう。自身の活動が認められれば、それを果たした自身の存在もおのずと肯定される。結局、全てがカミラ君の功績になってしまうのは変わらないが……それでも心の気休めにはなったはずだ」


 その結果が、現在のカミラの評価と地位ということになる。それが、ハッピーエンドの真相なのだろうか。


 カミラは、先生の言葉をただ黙って聞いていることしか出来なかった。


 彼が言ったことが事実なのかは分からない。実際の彼女を見て立てた、今のところ事実に近い推測だとカミラは判断する。


 それが、仮に真実だとすれば、


 ――何と壮絶で悲しい真実なのだろうか。


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