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「──カミラ君、ここ最近の調子はどうかね? 再び学園に登校して同時に君が医務室に通うようになって今日で四日目になるが」
「お気遣い感謝します、先生。本日も快調ですわ」
「そうか、ならいいが、何か不都合はないかね? 何せ、君は先日まで重傷の身だった。生徒の面倒を見るのは教師の役目だ。これでも私は教師の端くれだからな、だから何かあれば、遠慮なく言って欲しい」
「それはとても嬉しい申し出ではあります。ですけど、何もございませんわ。お気持ちだけ受け取らせて頂きます」
そういうと彼女は、優雅に微笑んでみせた。
先生──彼が感じたカミラの雰囲気は事故前と比べて、別人かと見まがうほどに様変わりしていた。彼は、事故前からカミラの人となりを知っていたわけではない。顔を合わせた回数は、片手の指で事足りるほどでしかなかった。彼が、何でカミラを知るかというと、それは生徒が流す噂だ。
目の前に佇む人物は風の噂で聞こえてくる、彼女の人物像とは似ても似つかなかった。
事故前のカミラの性格を率直に表すなら、「模範的」である。人望はそこそこに。優秀ではあるが、特別というほどではない。だが規律を尊び、極めて堅実的であった。──悪役令嬢として名を広げるまでは。
「これは忠告だが、あまり無茶はしない方がいい。君はまだ病み上がりだ。もしかしたら、折角治ってきた傷が悪化するかもしれない」
「忠告していただきありがとうございます。そうですね、確かにあまりはしゃぎすぎると体に差し障ってしまいますわね」
対する、事故後のカミラは、どこか安定性に欠いていた。率直に言ってその存在感は危うい。少しのはずみで、砕け散ってしまいそうな儚さを彼女から感じ取ることが出来た。
「彼に叱られるのは、避けたいところです。先生の言うとおりにいたしましょう」
彼女は、口元を釣り上げて笑みを作る。ぞっとするほどに魅力にあふれた表情で彼女は笑う。まるで、魔性を秘めているのではないか思わせるそんな顔だ。
「彼、とはアーノルド君のことか」
「はい、そうです。彼は、少々過保護のきらいがあるようでして」
「無理もない。最愛の婚約者が、半ば生死をさまよう事態に陥ったのだ。彼の気持ちも理解出来る」
「最愛の、婚約者……ですか?」
「そうだ。君のことだろう。何を驚いているのかね?」
彼女は、口元を隠して小さく笑った。こみ上げる笑いをかみ殺して、さもおかしそうに。
「ああ、そうでしたね。いえ、なんでもありませんよ。お気になさらず、先生」
次に彼女は、唐突に浮かべていた笑みを消した。加えて、まとう雰囲気も劇的に変わっている。
この表現は正しくないのかもしれないが、彼はあえて目の前の彼女を、こう表したのだ。
――事故前のカミラに瓜二つだ、と。
あまりの変わり身に、彼は内心舌をまく。まるで今の彼女は事故前のカミラに擬態しているような気さえしてくる。
「口惜しいですが、そろそろ行かねばなりません。今日もありがとうございました。また明日も寄らせていただきますね、先生」
「いつでも訪ねてくれていい。ここは常に来客が少ないからな。歓迎しよう」
彼女は一礼すると、退室するのだった。
――その後、カミラは悪名を払拭し、一年後には生徒会副会長に選ばれるまでとなる。二年間、彼女は常に名誉と栄光と共に在った。