7
屋上から転落した彼女はすぐさま医務室に運ばれた。かなりの重傷ということでその場で、処置が施されることとなる。無事峠を越え、彼女の容体が落ち着きを見せ始めると後日、病院に搬送されたのだった。
事故から数日経ってようやく目覚めたカミラは、酷く取り乱した様子であったという。精神も不安定で、いつ壊れてもおかしくはなかったと診断されたそうだ。
そして、口々に彼女は言った。時には呟き、時には悲鳴に近い叫び声で。彼女は周囲の者に訴えたのだ。「──私はカミラじゃない──」とそのように。
周囲の者達はどうにかして彼女を宥め諭して、落ち着かせようとした。周囲の者達がご機嫌を取ろうとすれば、怒り狂い、間違って彼女を「カミラ」と呼ぼうものなら、敵意をむき出しにして襲い掛かろうとしたらしい。そしてある日、彼女は急におとなしくなったのだとか。それこそ、不自然なまでに。
彼女は、まるで意識を取り戻してから終始晒していた醜態は無かったのだというように、淑女然とした振る舞いをするようになり、傷が癒えると感謝の礼を述べて退院していった──それが、少女の知る噂の内容だった。
「まあ、あくまで噂ですけどね。それで気になって、一度あなたに訊きましたけど、答えてくれませんでしたよね」
親しき仲にも礼儀あり、であるのだから思い出して嫌な思いをするのなら、こちらからはもう訊くつもりはないと少女は言った。
♢♢♢
少女と別れたカミラはその足で急いで医務室へと向かった。
「どうしたんだ、カミラ君」
「……先生、訊きたいことがあります」
室内にカミラともう一人を除いて誰もいないことを確認すると、カミラは椅子に凭れて眼鏡を掃除していたその一人である先生に向かって質問を飛ばす。
「──例えば意識不明の状態から人が目覚めるとします。するとその人には、新しい人格か何かが宿ったりするのでしょうか?」
「……唐突でよく分からんが、言わんとすることは理解できる。つまり、二年もの間大手を振って活動していたカミラ君は、今私の目の前にいる君自身ではなく別の人格か何かだと?」
「断言はできませんが……たぶんそうなのかな、と……」
発言するカミラは、次第に語尾を弱めていった。まだ、少女の話を聞いただけなのだ。だから、この考えは根拠のまるでない、ただの不安からくる推測でしかなかった。
だが、衝動的にここに来てしまった。とにかくカミラは少女が話した言葉を、そのまま伝える。どうせ言うだけタダだ。
「……ふむ、なるほど」
先生は、椅子を回してカミラに向き直る。そして、顎に手を当ててしばらく考え込むと言った。
「正直に言おう。──その可能性については是が非か、どちらとも言いかねる」
厳かな表情で彼は──先生は告げる。
「医学的な知見は言うだけ野暮だな。生憎、私は記憶障害に関する専門家ではないから、見当違いなことを言う可能性の方が高いが、それで君が納得してくれるなら、いくらでも理屈をこねくり回したいところだ……聞いてみるかね?」
カミラは首を横に振って応えた。先生は、「そうか」と一言応じて、言葉を続ける。
「実のところ私は、二年前の事故の後、全快して学園に登校したカミラ君の面倒を一時的にだが見ていたことがある。その時の状況についてなら、いくらでも訊いてくれ。いくらでも答えてみせよう。──患者は君自身だからね」