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 ♢♢♢






『――起きなさい、アーノルド――』






 ♢♢♢


 誰かの声が聞こえたような気がして、アーノルドは目を覚ます。

 どれほど経っただろうか。いつの間にか気を失っていたらしい。


 アーノルドは、体を起こしてふと窓の景色を見た。


 それは、無意識的な行動だった。

 けれど、それが結果的に功を奏することになる。


 やや遠くにカミラの姿が見えたのだ。

 二階にあるアーノルドの部屋からは、生垣や花壇に視線を邪魔されることなく遠くの景色を見ることが出来た。


 彼女の姿を見て、「……どうして、ここに」とアーノルドは内心呟く。


 なぜ彼女が男子寮の近くまで来ているのかは分からない。

 けれど、現に彼女はそこにいて、ちょうど先生と話をしているところだった。


 彼女の表情は、自室からではよく見えない。

 けれど、その雰囲気はどこか張り詰めた様子だった。


 それを見て、アーノルドは妙な胸騒ぎを覚える。


 なぜかは分からないが、この光景に対して見て見ぬ振りをしてはいけないと言う、強い衝動に駆られたのだ。


 二人は少しばかり会話をした後、男子寮から遠ざかっていく。


 あの方角は医務室だろうか。


 得体の知れない焦燥感に駆られた彼は、ベッドから立ち上がって二人の後を追おうとする。


 けれど、立ち上がった瞬間に強い目眩に襲われ、彼はよろめいた。


 体調が万全ではない。先程よりは幾分か楽にはなっているが、それでも不調には変わりない。


 本来なら、今すぐ横になって十分に休息を取らなけれならない状態であった。


 だが、アーノルドはふらつく体を叱咤して、確実に一歩前へと進んでいく。


 壁に手を付きながらでも、地面に這いつくばってでも。


 それでも前を向いて進む。


 彼は決して立ち止まることはなかった。


 ♢♢♢


 医務室に着いた頃には、彼の体調はより悪化していた。


 意識がおぼろげになる。

 いつ気を失ってもおかしくはない。そんな状況だ。


 けれど、


「このまま何も見なかったことにすれば、全てが上手く解決すると思うがどうするかね? ――アーノルド君?」


 先生は彼に対して、そう言葉をかける。


 他のことを気にしている余裕など無かった。

 目の前のベッドには、眠るカミラの姿が見える。


 階段から落ちて意識が戻らなかった時の彼女の姿が脳裏をよぎった。


 ――まるであの時のようだ。


 背筋が凍る。


「カミラに……何を、した……」


 先程の発言からして、目の前の先生がカミラに対して何かしらのことを行ったことは明白だった。

 

 先生は極めて落ち着いた様子で、言う。


「心配ない。眠ってもらっただけだ。君同様に、彼女にはしばらくの休息が必要だと思えたからね」


 そう、白々しい言葉を吐く。


 アーノルドが抱いた既視感が正しければ、おそらくカミラはこのまま眠ったまま帰って来ないかもしれない。


 いや、カミラが帰って来なくても、二年間カミラだった彼女が再び戻ってくると言うことも考えられた。


 おそらく先生は、それが目的なのだろう。

 先生は、カミラを愛おしげに見つめる。


「……『彼女』が戻ってきてくれる条件は何だろうと、何度も何度も考えた。確証は無いが、やはり一番可能性が高いのはこれだろう」


 その考えを肯定するかのように先生は、呟くように言う。


「皆のためだ。君のためだ。『彼女』のためだ。そして、私のためだ。カミラ君には悪いと思っている。だが、こうするしかない」


 こうするしかない……?

 これ以外に方法が無かったと言うのか。

 それが最善なのだと、本気でそう思っているのか。


 そんな身勝手な理由で彼女を――


 怒りの感情が激しく湧き上がる。

 だが、それに比例して、体が全く言うことを聞いてくれない。


 意識が遠のきかける。


 駄目だ。まだ終わっては駄目なんだ。


 ここで倒れてしまえば、何もかもが無駄になる。

 それだけは決してあってはならない。


 アーノルドは、カミラだった彼女の最後の言葉を思い出す。



 ――アーノルド、もう二度とカミラを離さないであげてね。



 アーノルドは、覚悟を決める。


 何度も間違えてきた。

 けれど、今だけは。


 今度こそは。


 ――間違えない。


 おぼろげな意識の中、諦めないで、と声が聞こえた。


 ♢♢♢


 カミラに駆け寄ったアーノルドは、必死になって呼びかける。


「カミラ!! 頼む目を覚ましてくれ、カミラ!!


 何度も何度も彼女の名を呼ぶ。


「カミラ!!」


 カミラ、起きてくれ。目を覚ましてくれ。

 まだ君といたい。君の隣にいたいんだ。


 君と話がしたい。俺は君のことを何も知らない。何も知らないままだった。


 君ことが知りたい。君自身のことを教えて欲しい。


 もう今更何もかも手遅れかもしれない。だけど。

 それでも俺は君のことを知って、そして愛していると伝えたいんだ。

 迷惑かもしれない。また君を傷つけるかもしれない。

 でも、俺は君を心の底から愛している。そう君に伝えたいんだ。


「――カミラっ!!」


 彼は祈るように必死に叫んだ。


 そして、



「アー、ノルド……?」



 カミラが目を覚ましたのだった。


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