66
ある時を境に、カミラの笑みが作りものの笑みに変わっていった。
アーノルドはひとり苦悩する。
どうして、彼女は悲しむのだろうか。
どうして、彼女は自分の想いに応えてくれないのだろうか。
こんなにも自分は彼女を愛しているのに。
それなのに、どうしてこの想いは報われないのだろうか。
愛して欲しい。けれど、彼女は愛してくれない。
――どうして?
自問自答を繰り返す。
どうして、どうして、どうして、どうして。
答えは出ない。
そして、時が経つにつれ、アーノルドの心が黒く、汚く、染まっていく。
――愛に憎しみが混ざっていく。
♢♢♢
最近、カミラがひとりで行動する機会が多くなり、それに伴い、アーノルドの中で嫉妬の感情が再び芽生えていった。
医務室に行っているということを彼女自身から彼は聞いたのだった。
カミラから医務室の先生の話を聞いて、どす黒い感情が湧き上がる。
最初はなんとか抑えが利いていた。
だが、すぐに堰を切ったように溢れ出す。
止まることなく流れ出し続け、そしてその感情の矛先はあろうことかカミラへと向いてしまったのだった。
「──君は医務室で、一体何をしていたんだ?」
カミラを迎えに来たアーノルドは、気がつけばそう彼女に問いかけていた。
医務室から出てきた彼女が浮かべていた笑みを見て、感情が溢れ、そう口が動いてしまったのだ。
戸惑うカミラに彼は言う。
「──頼む、答えてくれ、カミラ」
俺を裏切らないでくれ。俺を一人にしないでくれ。俺を愛してくれ。
彼はそう強く請い願う。
それに対して彼女は、ただ談笑をしていただけだと言った。
果たしてそれは本当なのか。
彼女の表情からは、本当とも嘘とも言い切れない。
何か隠し事をしていることは明白だ。
けれど、彼女の言葉を信じよう。今はそうすべきだ。自分は彼女のことを想っているのだからそうすべきなのだと何度も心に言い聞かせる。
「──分かった、信じるよ」
そしてアーノルドは破顔し、彼女の返答にそう答える。
幾らか黒い感情は収まっていた。
「……アーノルド、本当にどうしたの? 今のあなた、何か変よ」
「ごめん、カミラ。どうやら今日は、少しばかり体調が芳しくないみたいだ。でも、心配はないさ」
またいつ黒い感情が溢れてきてもおかしくない。余裕はなかった。
そのため、アーノルドは彼女の言葉を流して、早く生徒会室に戻ることにする。
だが、ふとなぜか先程の彼女が発した言葉が気になった。
――今のあなた、何か変よ。
アーノルドは彼女の言葉を心の中では否定した。
そんなことはないと。
自分は何もおかしくはない。
そう、何もおかしくは――
廊下を歩いてすぐにアーノルドはあることに気づく。
彼女を信じる。
自分は今そう言った。
つまりは、彼女を疑っていたということなのだ。
自分が、彼女を。
はっとして隣を歩く彼女に視線を向ける。
カミラは怯えていた。
彼女の怯えた表情を見て、ようやく彼は自分の過ちに初めて気づく。
自分は間違えたのだと。
♢♢♢
自分は間違えたということをカミラの言葉を聞くまで、アーノルドは認められずにいた。
自分の言葉で彼女を傷つけ、傷ついた彼女を見て、彼もまた傷ついていく。
その連鎖は止められず、今までそれの繰り返しだった。
決してそれは彼が望んだことではなかった。
しかし、結果的にそうなってしまった。
――違う。違う。そんなつもりじゃない。
己の過ちに気がついた今、アーノルドは、何度も深く後悔する。
けれど、後悔したところで、彼女を傷つけた事実は変わらない。
間違っていた。自分は、過ちをおかしていた。
ああ、なんて自分はあまりにも愚かしい人間なのだろう。
間違えないと心に刻んで、自分は何度も間違えた。
馬鹿だった。愚かだった。彼女にとても酷いことをしてしまった。
罪悪感と自己嫌悪で、アーノルドの心は一気に壊れていく。
そして、心の苦痛に耐えきれず、体はいつしか限界を迎えてしまっていたのだった。




