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 カミラが目覚めてからというものアーノルドは、懸命に彼女をサポートし続けた。


 見たところ、カミラばどうやら二年間の記憶が無いらしい。


 それならば、目覚めたばかりの彼女にとって、今見えている光景はまるで別世界に見えていることだろう。


 その不安を少しでも取り除こうと、アーノルドはカミラの傍で付きっ切りになって、真摯にサポートを行う。


「ありがとう、アーノルド」

「いいんだ、カミラ。お互い様じゃないか」


 カミラは微笑み、それに対してアーノルドも笑みを返す。


 ――彼は今が幸福だと感じていた。


 驚くことに彼女は、また心からの笑みを自分に見せてくれた。


「愛しているよ、カミラ」

「私もよ、アーノルド」


 そして彼女はそう、応えてくれる。


 アーノルドはこの時、彼女と自分の想いは通じ合っているのだと、実感した。


 彼は幸福だった。

 だから、常に頭の中で考えないようにしていたのだ。


 今の現状こそが過ちなのだと。


 ――もう間違えない。


 彼はそう決めていた。


 けれども、彼は彼女が目覚めてから、一度も二年前のことについて触れることはなかった。


 まだ彼女は、目覚めたばかりで混乱している。だから、心の整理がつくまで待っていよう。

 彼はそう考えていたのだ。


 そのため現状に身を任せ、問題を先送りにしてしまった。


 心のどこかで迷いが生じていたのだろう。


 彼女を傷つけてしまうかもしれないという迷い。

 そして、自分が傷つくかもしれないという迷い。


 その迷いによって、無意識のうちに彼は、最も愚かしい選択をしてしまっていた。


 もしも彼が一歩踏み出して、彼女と対話を試みることが出来ていたなら、また話は幾らか違ってきたのだろう。


 だが、アーノルドはしなかった。出来なかった。

 最愛の相手を傷つけて、そして自分も傷つくことを恐れて。


 彼は逃げてしまった。


 だから、それ(・・)は起こるべくして起きてしまったのだった。


 ♢♢♢


 いつからか、彼女の笑みに翳りが見えるようになった。


 彼女の笑みは心からの笑みだ。

 それは疑いようもない。


 けれど、その笑みがどこかぎこちないように思えてくる。


 その小さな違和感は、アーノルドしか感じていなかった。


 だから最初は、ただの気のせいだと思っていた。


 だが、時が経つにつれ、その違和感は顕著になっていく。


 ――「愛している」と彼は言った。

 ――「愛している」と彼女は応えた。


 けれども、その想いは本当の意味で彼女に対して伝わっていないことに彼は気づく。


 愛している。愛している。愛している。カミラ、君を愛している。


 そう何度も彼は彼女に告げた。


 けれども、彼女の笑みは曇っていくばかりだ。次第にその笑みに悲しみの感情が混ざっていく。


 アーノルドにはその理由が分からなかった。

 だから、必死になって今以上に愛を告げようとする。


 けれど、


 彼女へ何度も愛を告げる度、自分の言葉が軽くなっていくように思えてしまった。


 アーノルドは必死になってその考えを振り払う。

 違う、自分が感じるこの愛は本物だ。


 だから、彼女にこの気持ちを告げれば、いつか分かってくれる。


 そう思い、彼は何度も愛を告げる。

 その度に愛という言葉が軽くなる。


 そして、その度に目に分かるほど彼女が傷ついていく。


 アーノルドはカミラを傷つける気など毛頭なかった。

 けれど、事実彼女は、彼の言葉を聞いて悲しそうに表情を歪ませる。


 違う。違う。

 こんなはずじゃない。


 彼女が浮かべる心からの笑みが見たかった。

 彼女を心から愛し、彼女に心から愛して欲しかった。

 彼女を悲しませたくなどなかった。

 ただ彼女と幸せになりたかった。

 

 それだけなのに――


 だから、こんなはずではなかったのだ。


 間違えないと彼は心に決めていた。


 けれど、彼は間違えた。


 それが、彼にとって覆ることのない現状だった。


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