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 時が経つにつれ、次第に彼女の努力が認められるようになってくる。

 そして、彼女の周りには彼女を慕う人たちが集まってくるようになった。


 皆が彼女の名を呼ぶ。

 それに応えるようにして、彼女は笑う。


 アーノルドは、それを一歩引いた場所から眺めていた。


 一年もすればカミラという名前は、すでに悪名ではなくなっていた。

 学生にとってカミラという名前には、尊敬と希望の意味が含まれるようになったのだ。


 この学園において、彼女を嘲笑する者は、もういない。


 そう、誰もいない。

 以前の彼女を知る者も。


 カミラとアーノルドが破滅の道を進もうとしていたことも。何もかもがなかったことになっている。


 今ではアーノルドと彼女の間に何があったのかも、誰も知らない。


 二人は変わらず仲のいい婚約者同士のままだった。


 そして今も変わらず、アーノルドはカミラを愛し続けている。


 いくら時が経とうと彼女が戻ってくるのを待ち焦がれている。


 だが、未だ彼女は戻って来ない。


「カミラ……」


 アーノルドはぽつりと自身が愛する彼女の名前を呼んだ。


「どうかしたの? アーノルド?」


 アーノルドの声を偶然耳にしたらしい彼女が、彼の方を向いて首を傾げる。


 アーノルドにとっては違うが、皆にとって、 今の彼女がカミラなのだ。

 そして、彼女自身もそう思っているのだろう。


 目の前の彼女は、本当のカミラが持っていたこれまでの全てを塗り替えてしまった。

 けれど、アーノルドは目の前の彼女を憎むことは出来ない。


 彼女はカミラではない。けれど、必死に頑張って努力を続けている。


 今ある光景は、彼女が努力して掴み取った栄光だ。それを否定することは決して出来ない。


「いや、何でもないんだ」


 アーノルドは微笑みを浮かべた。


「そう? おかしな人」


 カミラも微笑みを浮かべる。


 そして、そのまま時が流れ、お互いの心が一歩離れた距離を保ったまま二人は三年生となった。


 ♢♢♢


 アーノルドは、決断しなければならなかった。


 三年生は、学園の最高学年だ。

 今年も彼女が戻ってくることなく、そのまま卒業を迎えることになるのなら、自分は彼女への想いを諦めなければならない。


 学園の廊下を歩く二人。

 アーノルドはカミラの横顔にわずかに目を向け、そしてすぐに視線を戻す。


 あの時から、もう二年が経とうとしていた。


 彼女は戻って来ない。

 なら、ずっとこのままなのだろうか。


 それならば、アーノルドは愛を諦めなければならない。


 この想い胸の中に抱いたままでは、決して皆が幸せになりはしないだろう。


 皆か。自分か。


 選ばなければならなかった。だが、選択肢はすでに決まっているようなものだ。


 今の自分に選択する余地などなかった。


 ――愛を諦める。


 アーノルドがそう決断しようとした時だった。


「――ねえ、アーノルド」


 隣を歩く彼女が、不意に声をかけてくる。


「カミラ、どうかした――」


 アーノルドは言葉を紡ぐことが出来なかった。


 彼女がじっとこちらを見つめていた。


「一つ聞いてもいい?」


 その表情は真剣そのものだ。

 そして、彼女は言った。


「あなたは今も変わらずカミラを愛しているの?」


 アーノルドは息を呑んだ。

 そして混乱する。どうして突然、そのようなことを訊くのか。


「カミラは君だろう? いきなり何を言って――」

「質問に答えて。あなたはカミラを愛しているの?」


 彼女は、アーノルドの言葉を遮って再度問う。


 意図が分からない。

 だが、彼女が戯れでこのようなことを聞いているようにはとても思えない。


 アーノルドは頷いた。

 それに対して彼女は小さく満足気に笑う。


「そう、ならいいわ」


 彼女はそう言って、アーノルドの前に進む。

 やや後ろ向きの状態になって、彼女はアーノルドに言った。


「アーノルド、あなたは最後まで諦めないで。どんなことがあっても」

「カミラ、それはどういう意味――」


 アーノルドはそこであることに気づく。

 彼女との会話で気を取られていたが、すぐ目の前は階段だった。


「――危ない!」


 後ろ向きとなっている彼女の態勢が、崩れる。

 そのことについて彼女は、気にも留めない。むしろ、自分からそう行動したかのようだった。


 アーノルドは必死になって手を伸ばす。

 脳裏に、屋上から身を投げた彼女のことが蘇る。


 今度は届く。

 今度は助けられる。


 だから――




 ――だが、その手を彼女は無造作に払ったのだった。





「――アーノルド、もう二度とカミラを離さないであげてね」


 ――約束よ。



 そう残して、名も知らない彼女は消えた。



 そして数時間後、カミラが戻ってきたのだった。



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