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カミラの容態が大分回復してきたということを聞いて、アーノルドはすぐに病院へ向かった。
本当なら、もっと早くにカミラの様子を見に行きたかった。
だが今までは、面会は一切出来ないと断られてきたのだった。
そのため、アーノルドはカミラの現在の状態が一体どうなっているのか分からない状況だった。
カミラの命が助かって嬉しいという気持ちがある。
けれど、彼女とどんな顔をしてどんな話をすればいいのか分からないという気持ちもある。
あんな別れ方をしてしまったのだ。
どんな話題を振っても、彼女を刺激するだけではないか?
そう思ったこともあった。
だが、会わないという選択肢はアーノルドの中になかった。
♢♢♢
カミラと会ってアーノルドは衝撃を受ける。
「――お久しぶりですね、アーノルドさん」
彼女は、そう言った。
病室のベッドで彼女は上半身を起こして、こちらに微笑みかけてくる。
彼が彼女と会うのはしばらくぶりだ。
だから、彼女が彼に対して久しぶりだというのは間違っていない。
けれど、
アーノルドは彼女の言葉に対して「違う」と、心の中で呟いてしまった。
――違う。彼女はカミラだ。けれど、カミラではない。
目の前で笑う彼女の姿は紛れもなく、彼女自身である。
人違いではない。
アーノルド自身、分かっている。
誰よりも彼女の隣で彼女を見てきたから。
だから。
だからこそ、
――違う。
目の前にいる彼女はカミラ本人ではあるが、アーノルドが知るカミラではなかった。
「どうかしましたか? アーノルドさん?」
カミラが首を傾げる。
口調、所作、雰囲気。その一つ一つをとっても、今までの彼女とは似ても似つかない。
ただの記憶喪失なら、体に染み付いた癖は消えずに残っていると聞いたことがある。
しかし、目の前の彼女は、そんな次元の話ではない。
まるで別人だ。他人と入れ替わったと思ってしまうほどに。
彼女の面影などほとんど――いや、全くといっていいほど残っていなかった。
目の前の彼女はカミラではない。
カミラとは到底思えない。
けれど、
「――いや、何でもないんだ。無事で良かったよ」
アーノルドは笑みを浮かべて、彼女の無事を祝福する言葉を述べる。
彼女をカミラではないと断言するのは簡単だ。
けれど、それをしたとして、一体誰に得があるというのか。
誰も幸せにはならない。
そして、その不都合の真実を信じる者など端から誰もいない。
「君がまた学園に戻って来られることを心から嬉しいと思うよ」
アーノルドはこの事実を誰にも打ち明けず、ただ願いながら待つことにした。
いつか本当の彼女が戻ってくることを信じて。
♢♢♢
学園に復帰して、彼女がまず行ったことは自身の過去の清算だった。
これまでの自分の悪行を知って、彼女はひどく困惑しているようだった。
だが、すぐに迷惑をかけた相手に謝罪の気持ちを伝えに行く。
諦めずに何度も何度も。
まるで自分を否定しないで欲しいという風に。
そして、その後彼女は、己を追い込んでいく。
誰からも信頼されるため、誰からも自分の存在を肯定してもらえるようになるため。
アーノルドから、彼女の言動はそのように見えた。
そして彼はそれを見守ることしか出来なかった。
「カミラ、少しは体を休めた方が……」
「平気よ、アーノルド。これくらいのことで私は負けないわ」
「だが……」
「平気なの。……ごめんなさい、まだ私は頑張らないといけないから」
彼女は疲れた表情で笑う。無理をしているのは明らかだ。けれど、彼女は止まらない。
「そうか……」
アーノルドは、彼女を止められない。
どうしても彼女に対して気後れしてしまうのだ。
目の前の彼女は必死に頑張っている。
けれど彼にとって、彼女はカミラではなかったから。
だから、どうしても先に後ろめたさが出てしまうのだ。
そして、彼女自身もそれを察していたのだろう。
彼女も深く彼に対して訊くことはなかった。
「あまり無理はするな」
「ええ、心得ているわ」
二人はこうして、決してお互いを理解しようとはせず、時間だけが過ぎていった。




