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少女と校舎裏で出会って数日後、アーノルドはカミラに対する想いをすでに抑えることが出来無くなっていた。
自分は彼女を愛している。だから、愛して欲しい。
そう思わずにはいられない。
けれど、
――私は、あなたを好きになることはないわ。
彼女の言葉が頭の中で何度も反芻される。
分かっている。自業自得だ。
彼女の言葉に対して、自分は何と答えたか今でもはっきりと覚えている。
だから、これは当然の結果でしかない。
アーノルドは苦悩する。
初恋は甘酸っぱいのだとクラスメイトの女子生徒が話していたのを偶然耳にしたことがある。
しかし現実は違った。
ありえないほどに苦く辛く、とてもではないが、余裕を持って味わえるような代物では決してない。
次第にアーノルドの心はひび割れていった。
もう、この状況に耐えられそうにはない。じきに限界が訪れる。
――そうならないよう、カミラへの恋を諦めるという選択肢を取る。
……それが出来たなら、全てが万事解決するはずだった。
だが、アーノルドには出来なかった。
だから、誰にも知られず、誰にも気づかれず、彼の心はゆっくりと壊れていった。
そして、アーノルドは壊れていく中で悟る。
自分の気持ちに気がついても、彼女と和解したいと思っても、もう何もかも全てが遅すぎたのだと。
自分たちはもうすでに、どうしようもなく手遅れなのだ。
いつか彼女と結婚する時がやってくるだろう。
だが、それは幸せな日々にはならない。
彼が愛し、彼女が憎むからだ。
それが一生続いていく。
彼女はその生き方を文句も言わず黙って受け入れるだろう。彼女にとってそれは今まで通りのことでしかないのだから。
しかし、アーノルドは違う。彼は変わってしまった。カミラを愛してしまった。
彼にとって、それは生殺しのような毎日だ。
そんな日々を『生き地獄』以外に何と呼べばいいだろうか。
今の自分たちに明るい未来など有り得ない。それを再認識し、孤独に彼の心は絶望していった。
♢♢♢
ある日、アーノルドがカミラ以外の女子生徒を好きになったという噂をふと彼自身、耳にした。
彼自身、そんなことは有り得ないと分かりきっている。
おそらくただの暇潰しで誰かが流した与太話に過ぎない。
そもそもアーノルドとカミラは学園では仲のいい婚約者同士として振舞っているのだから、その根や葉もない噂を信じるものなどほとんどいなかった。
じきに忘れ去られる話題でしかない。
けれど、その噂を彼は否定しなかった。
――もう彼女の隣にはいられない。
自分の心が耐えられないから。
彼女を見ているだけで、何度も心が悲鳴を上げるのだ。
どうせ彼女には愛されない。
たとえ自分の言動が原因で名を落として婚約が破棄されようとどうせ一緒なのだ。
むしろその方が彼女にとって幸せなのかもしれない。
――なら、いいだろう?
幸い演技は得意だ。アーノルドは、居もしない人間をあたかも自分の身近に存在するように振る舞うようになった。
自分には噂通りの相手がいるのだと、他者にそう思わせるために。
そうして彼は道化を演じる。
アーノルドはこの時、自身が破滅の道を歩んでいることをどうでもいいと思うほど、自暴自棄となっていた。
♢♢♢
――だが、アーノルドの暴挙はすぐに、それよりも大きな暴挙によって話題を根こそぎ奪われてしまうことになる。
カミラが少女を虐げ始めたのだった。




