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 ある日アーノルドは、校舎裏を歩いていた。


 授業が終わり放課後、彼はただおもむろに足を進める。

 それはただの気分転換に過ぎない。誰とも会わない道を歩きたくなる時が彼には時折あった。


 たとえば、歩きながら一人物思いに耽りたいと思うような時だ。


 アーノルドはカミラについて悩んでいた。


 カミラに対する恋心をいくら心の奥底に閉じ込めてしまおうと、その想いが強くなり過ぎてしまえば、いくら隠そうとしても隠し通せるものではない。


 いつかは気づかれてしまうだろう。


 ――私は、あなたを好きになることはないわ。


 彼女の言葉を思い出す。


 自分は彼女を愛している。けれど、彼女が自分を愛することは絶対にないのだろう。


 自分の中に、愛して欲しいと叫ぶもう一人の自分が存在する。


 ……散々相手を憎んでおいて、なんて自分は身勝手なのだろう。


 それがひどく嫌になる。


 彼女は、自分の気持ちに応えることはない。それを嫌というほど知っているのに。


 けれどアーノルドの意思に反して日に日にその想いは増していくばかりでとうとう耐えきれなくなってきていた。


 どうにかしなければならない。

 けれどどうしようもない。


 自分たちは世間では仲のいい婚約者同士なのだ。それなのに一体誰が、お互いに嫌い合っていると信じるのだろうか。


 誰にも打ち明けることは出来ず、ただ鬱屈とした気持ちだけが毎日募っていく。


「――あれ、アーノルドさん?」


 考え事をしながら歩いていれば、突然声がかかる。


「こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 お久しぶりです、と言葉を続けたのはアーノルドと旧知の仲であった少女だった。


 彼女は、アーノルドの遠い親戚でよく子供の頃は彼の家に遊びに来ていた。

 成長するにつれて、同性の友人同士で遊ぶようになり、今ではお互い滅多に会うことはなくなったが、しかし未だ会うたび一言二言気さくに言葉を交わす程度の間柄なのは確かだ。


「ああ、久しぶり。奇遇だな」


 そしてアーノルドは少女と世間話程度の言葉を交わした。


 少女と話していると、ふとカミラのことを思い出す。


 自分たちも今のように気兼ねなく世間話が出来る程度の関係になれたなら、どれだけ素晴らしいことだろうか。


 アーノルドはカミラと楽しく会話するところを想像する。

 だが、その光景が全く想像出来ず、それがおかしくなって小さく微笑みを浮かべた。


「アーノルドさん? どうかしましたか?」


 突然笑みを浮かべたアーノルドに対して、少女が不思議そうに首を傾げる。


「いや、何でもない。ただ無性におかしくなっただけだ。気にしないでくれ」

「? はあ、そうですか……?」


 なんだてっきり自分の顔に何かついていたのかと思いました、と少女は小さく笑う。


「もしよければ、どんなことを考えていたのか聞いてもいいですか?」


 少し興味があると言う少女に対し、アーノルドは言葉が詰まった。


 正直にカミラのことを考えていたとは言えない。少女も自分たちは仲が良いと思っているからだ。

 少女に気を逸らさせるため、「いや、本当に何でもないんだ」と笑い返しながら、アーノルドは話題を変えた。


「それにしても、君はどうしてここに? ここは人気が少ない。あまり通らない方がいいと思うが」


 アーノルドがそういうと、少女は「えーと、まあ、確かにそうなんですけど……」と口ごもる。


「ここを通った方が割と近道なんですよね。女子寮から校舎まで」


 少女自身もあまり通る機会は無いらしいが、今日は少し急がないといけない訳があった。


「実は校舎に忘れ物をしてしまって。今日は早いうちに教室が閉まる予定らしいので、早く取り行かないといけないんですよ」

「なるほど、そういえば今日は屋内でどこも部活動をしていなかったな。なら、急がなくていいのか?」

「あっ、そうでした! すみません、それでは失礼します!」

「ああ、道中気をつけて」


 頭を下げた後、少し慌てた様子で少女は早足になって去っていく。


 そして少女が去ると、アーノルドも再び歩き出したのだった。



♢♢♢



 ――それは、二人にとってたった数分にも満たない時間の、そして取るに足らない出来事でしかなかった。


 けれど、それを偶然目撃した別の誰かにとってはあまりにも重大な出来事となったのだ。


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