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カミラが再び目覚めてから一週間後、アーノルドが無事回復し、登校することが出来るようになった。
二人は校舎の中庭のベンチに座り、話をする。
「アーノルド、体はもう大丈夫なの?」
「ああ、もう心配ないよ。熱は完成に引いたから、登校するのはもう問題ないらしい」
その言葉に、カミラは安堵する。
「そう、良かったわ。あなたの具合が悪いなんて知らなかったから」
今まで彼は自身の体の不調をおくびにも出さなかった。
だから、突然アーノルドが学園を休んだということを聞いてカミラは驚いてしまったのだ。
「心配かけてごめん。でも、ただの熱だよ。先生には数日寝ていれば治るって言われていたけれど……」
カミラは再び目覚めた時のことを思い出す。
アーノルドは、ひどく取り乱した様子でカミラの名を何度も何度も呼んでいた。
カミラが戻ってきてくれることを祈るように。
カミラが消えてしまうのを絶対に認めないというように。
彼は必死に眠るカミラに呼びかけていたのだった。
「ねえ、アーノルド」
カミラはアーノルドに声をかける。
「どうかしたかい、カミラ?」
アーノルドはカミラの呼びかけに応える。
「あの時私の名前を何度も呼んでくれていたけれど、でも、どうしてあの時医務室にあなたがいたの?」
それはつまり、カミラの窮地にアーノルドが駆けつけたということだ。
どこかでアーノルドは先生の目的を知り、止めようとしたということだろうか。
アーノルドは首を振った。
「ただの偶然だよ。男子寮の部屋から君の姿が見えたから」
話を聞くと、ちょうど先生はアーノルドの診察のため男子寮に来ていたところだったらしい。
診察を終えて帰る途中、そこに少女から逃げてきたカミラが現れたというわけだ。
そして、アーノルドは偶然にも部屋の窓から、カミラの姿を見つける。
どこか取り乱した様子だったカミラは、鉢合わせた先生に連れられていった。
それを見て、アーノルドはひどく胸騒ぎを覚えたのだった。
理由は分からない。分からないが、このままでは何か取り返しがつかないことになると。
そのため、安静にしていろと告げられても彼は必死になって言うことを聞かない体を引きずり、朦朧した意識の中二人の後を追いかけたのだ。
「――そして、医務室で君が眠っているのを見つけた。あの時は心臓が止まるかと思った」
必死になったアーノルドは、目の前の元凶である先生を殴り倒して、そのままカミラに駆け寄ったのだった。
「……ごめんなさい、心配をかけてしまって」
アーノルドは首を横に振った。
「いいんだ。君がこうして戻ってきてくれたから。だから、俺はとても幸せだよ」
彼はそう言って微笑んだ。
「『二度と君を離さない』とあの時誓った。だから、君が戻ってきてくれたことが只々嬉しいんだ」
そしてどこか遠い目をするように、アーノルドは呟く。
「それに、今まで君だった名も知らない彼女との約束も果たすことが出来た。本当に良かった。あの場に駆けつけることが出来て……。俺はもう今度こそ間違えないと決めていたから」
だから、君を失わずに済んで本当に良かったと彼は言うのだった。
「正直、俺は何も出来なかった。俺が駆けつけたのは君が眠らされてしまった後だったから。でも、あの時行動しないままで、そして君が戻ってこなかったら、この先ずっと後悔し続けたと思う」
アーノルドはそう断言する。
カミラがまた消えてしまうなんて考えられないと、彼は言葉を零した。
「アーノルド……」
目の前のアーノルドはカミラのことを心から想っていた。
それは彼の言葉からして疑いようもない。それに、彼は『彼女』についても何か知っているような口振りをしている。
だからこそ確かめなければならなかった。
『彼女』からすでに聞かされていても、直接彼から話を聞かなければならない。
そうしなければ、決して前へは進めないし、何も始まらない。
――逃げずに立ち向かえと『彼女』は言っていた。
前へ進むため、勇気を振り絞ってカミラは訊く。
「ねえ、アーノルド。私が目覚めた時から、あなたは今の私が二年前の私だって知っていたの?」
彼はおもむろに頷いた。
「知っていたよ。君は君だ。彼女は彼女だ。ほとんどの他人は気付かないかもしれない。でも俺にとってそれは、とても大切なことなんだ」
彼は意を決した表情で言葉を紡ぐ。
「君に全て話すよ。かつて俺は君を憎んでいた。でも、今では君を心から愛している」
アーノルドはカミラに語るのだった。




