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何度も、目の前でアーノルドが必死にカミラの名を呼んでいた。
「アー、ノルド……?」
カミラが声を発する。
「カミラ!? ああ、良かった……本当に良かった……」
そして、ベッドに横たわるカミラを力強く抱きしめる。
「痛いわ……アーノルド」
「ごめん、でも良かった。……君が目覚めてくれて、戻ってきてくれて……本当に……」
彼は涙を流していて、表情はもうぐちゃぐちゃだ。しかも顔色がひどく悪く、どこか具合が悪そうだった。
しかし、それでもアーノルドは気にせず、何度も何度もカミラにありがとうと言葉をかける。
カミラは微笑んだ。
アーノルドを安心させるため、彼を抱き締め返す。
「大丈夫、もう大丈夫よ。私はもうどこにもいかないわ」
最初に目覚めてアーノルドと会った時と同じように、カミラは彼に言葉をかける。
あの時のように彼の体は震えていた。
だから、もう二度と彼から離れることはないのだと、強く強く抱き締める。
「また君を失うところだった。また何も出来ずに君が、遠いところに行ってしまうんじゃないかと思ってしまって……もう間違えないって決めたのに……」
アーノルドは震える声でそうカミラに語りかける。
「大丈夫、大丈夫だから。ほら、私はこうしてここにいるから。だから大丈夫」
それに対し、カミラもそう何度もアーノルドに語りかける。
アーノルドの体はとても温かった。その温もりは、あの時と同じで今も変わらなくカミラの心に伝わった。
幸せだ、と思った。
「――目覚めたのか、カミラ君」
カミラがそう思っていると、ふと声がかかる。
アーノルドが、すぐさまカミラから体を離して声の主の方へ体を向けた。
「そう、身構えるな。何もしない。だから、黙って君に殴られたんだろう」
アーノルドの視線の先を追えば、ちょうど医務室の床で倒れていた先生がゆっくりと体を起こして立ち上がるところだった。
よく見れば先生の唇が切れてそこから血が滲んでいる。
しかし、そのことを気にも留めず、割れた眼鏡をかけ直していった。
「カミラ君を診るだけだ」
「信用出来ない」
アーノルドは声を低くする。
その目には警戒、そして敵意の色が見えた。
「なら信用しなくていい。存分に見張っていてくれ」
そう言って先生はカミラに近寄る。
そして、アーノルドにカミラの体を起こさせると現在のカミラの状態を診察するのだった。
「……覚醒が予想より早い。だが、体調に異常は見当たらない。今のところ体のどこにも問題はなさそうだ。当分様子は見なければならないだろうが……」
わずかに安堵した声音で先生は言うと、次にカミラに問いかけた。
「カミラ君。今の君は……どちらだ?」
答えはすでに彼の中で分かっている。だが、それでも祈るように先生は訊く。
「……ごめんなさい、先生」
そうカミラが答えれば、先生は「……そうか」と一言呟き、カミラから離れる。
椅子に座り、全てを諦めたように大きくゆっくりと息を吐いた。
「……『彼女』とは、会ったかね?」
カミラは頷く。
「『彼女』は何と言っていた?」
カミラは一字一句違わず、『彼女』の言葉を伝える。
「――『デリック先生、今までありがとうございました。私はもう平気です。元気でいて下さい。さようなら』――」
カミラの言葉を先生は、噛みしめるように聞いていた。
「そうか……。もう、平気か……。君はもうすでに救われていたのだな……」
先生は眼鏡を外すと顔を片手で覆い、おもむろに俯いた。
その手に雫が伝う。
『彼女』が残した言葉を聞いて、彼は静かに涙を流していた。
「先生……」
カミラが先生に声をかけようとする。
その時、
「――カミラさん!」
そこにちょうど少女が医務室へと入ってきたのだった。
「ここにいましたか、もう心配しましたよっ! いきなり走っていってしまって……ごめんなさい、もしかして私、カミラさんに何か酷いことを――」
息を切らして慌てた様子で入ってきた少女だったが、中の様子がおかしいことにすぐさま気付く。
「えっと、何かあったのでしょうか……?」
少女は戸惑うばかりだった。




