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カミラが生徒会室から退室しても、少女はただ呆然としていた。
顔を俯けているため、髪に隠れて今どのような表情をしているのか確かめることは出来ない。
恐る恐る役員のひとりが声をかけようとしたが、すぐに踏み留まってしまった。かける言葉が見つからなかったからだ。
何せ、少女とカミラは親友同士だ。そのことは役員全員どころか生徒全員が知っている。
そして、過去に二人の間に起きたことも当然のごとく知っていた。下級生はともかく、少女とカミラと同じ三年生の役員は皆、当時のことをよく覚えている。
過去に起きたとある出来事から成り立つ二人の友情は、他者から見てあまりにも複雑で異質に映った。
カミラが過去に少女に対して行ったことを聞いて正直、何故それで友情が成立するのか理解出来ないと言う者も少なくない。
けれども、少女はカミラを友人と認識し、その考えは彼女の中で変わることは決して無かった。
そして今、少女は親友だと思っていたカミラから拒絶されてしまった。自身が信じていた友情を裏切られたのだ。だから彼女は、ショックを受けてこうして立ち尽くしている。
その衝撃の大きさは、本人でない自分たちでは到底推し量れるものではなかった。ゆえに、少女に対してどうしていいのか分からず、戸惑うしかなかったのだ。
直に、少女の肩はゆっくりと震え出す。どうやら彼女は必死に声を押し殺しているようだった。
少女は懸命に涙をこらえている。それを知り、見ていられなくなって思わず役員のひとりが声をかけようとした瞬間だった。
「──ああ、もう」
突然、少女が顔を上げた。泣いているのかと思いきや、それは悲しみとはまったく真逆の感情を含んだ顔をしていた。
それを見てしまった役員たちは凍り付く。
驚くべきことに、少女の顔は笑っていたのだ。
「……ああ、もう……本当に、無性にいらっとしますね……これは……無理ですね、もはや看過することなんて出来るわけがありませんね……」
満面の笑みを浮かべながら、ぶつぶつと不気味にひとりごちる。その目は微塵も笑っていない。溢れんばかりの怒気を宿していた。
そう、
極めて温厚な少女が、この時、肩を揺すって笑いながら激怒していたのだ。
「──皆さん」
あまりにも異様な少女に対し、役員たちが為す術なく固まっていたところへ彼女は不自然なほどに恐ろしく優しげな口調で語り掛けてくる。まるで、皆して一体、こちらを見つめてどうしたのかと言外に尋ねているかのようだった。
役員たちは弾かれたような挙動で即座に仕事に戻る。必死に書類へ視線を釘付けにして、少女と目を合わせないように努めた。
「所用を思い出しまして、すみませんが、少しばかり席を外しますね。すぐ戻ってきます。ええ、急いですぐに。よろしいでしょうか?」
襲い掛かる圧力に負けて、誰も言葉を発しない。その沈黙を肯定と捉えて彼女は、生徒会室から出ていくために歩を進め、扉を開けた。
「それでは、ちょっと──あの馬鹿を引っ叩きに行ってきます」
発せられた言葉の直後に扉が閉まり、同時に廊下を勢いよく走る足音が聞こえてくる。
彼女の姿が消え、役員たちは各々生きた心地がしなかったと安堵の息を吐いた。
役員たちは彼女の新たな一面を知った。そして、否応なしに心に刻み付けることになる。
温厚な性格をしているが、その実、怒ると途轍もなく怖いのだと。




