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アーノルドに抱きしめられながら、カミラはおずおずと口を開いた。
「アーノルド……?」
「ああ、俺だよ、カミラ」
狼狽えながらも彼の名を口にすると、それに応えてアーノルドは一層強くカミラの体を抱きしめる。
顔が似た別人ではない、カミラを抱きしめているのは本当にアーノルド本人なのだ。
「……苦しいわ」
「ごめん、でも離れるつもりはない」
アーノルドの腕は震えていた。まるで、今自身の腕の中にある存在が実は幻で、少しでも力を緩めるとそれは零れ落ちて消えてしまうのだと、そう思い込んでいるように。
彼の温かさが伝わってくる。心臓の鼓動と共に。思えば、このように彼の存在を直接感じたことはなかった。
カミラを見るアーノルドの目はいつも冷たかった。だから、彼を見る自分の心だけが熱いのだと、そう考えていた。
けれど、今の彼はとても温かい。カミラは幸せな気持ちに包まれていく。
震える彼を抱きしめ返したら、少しは安心してくれるだろうか。カミラは所在なさげに宙を泳いでいた両手を、彼の背中に回す。
「……アーノルド、安心して。私は元気よ、だからどこにも行かないわ」
落ち着いた声音で、カミラは彼に優しく語りかける。
「本当に……? 君は俺から離れて遠くに行こうとした」
「でも、こうしてあなたの元に戻ってきた。そうでしょう?」
「……確かにそうだが」
「アーノルド……ごめんなさい、あなたから離れてしまって――」
カミラは彼の耳元で、謝罪の言葉を口にする。そして、再度告げる。
「もう勝手にどこへも行かないわ。もしどこかへ行くとしたら、それはあなたも一緒よ」
「勿論だ。どこまでもついていこう」
「ありがとう、アーノルド。私ね、今、とても幸せ……」
「俺もだ、カミラ」
二人だけの空間が出来上がりつつあったところで、誰かが露骨に咳払いをした。
「カミラさん……誰も人前でそこまでしろとは言ってませんけど……」
振り向けば、若干顔を引き攣らせた少女がそこにいた。今まで、二人のやりとりを一部始終ずっと眺めていたのだろう。
「アーノルドさんも自省して下さい。今のカミラさんは病み上がりですよ。嬉しくて仕方ないのはわかりますけど――少しやり過ぎです」
少女がアーノルドに対して胡乱気な目付きを向けてくる。
「……ああ、そうだな。ごめん、カミラ。気をつけるよ」
名残惜しむような表情で、しかし罰の悪い顔で彼はカミラからようやく離れるのだった。
「ほら、言った通りだったでしょう? ただ私の予想を超えてお二人が、少々アレでしたけど……もう見慣れているので、どうでもいいです。兎にも角にも、良かったですね、カミラさん。あなたの心配は杞憂でしたよ。――無事、甘々カップル復活おめでとうございます」
少女はげんなりとした顔で言った。