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カミラは医務室の前で可能な限り待つことにした。
先生が今、どこで何をしているのか分からないからだ。
だから、ただ待つことしか出来ない。
ふと、目の前に眼鏡をかけた自分にとって唯一頼りになる彼が現れるのを待ち望む。ひたすらに、根気強く。
しかし、いくらカミラが待とうとも、先生が戻って来ることはなかった。
無情にも、休憩時間はもう少しで終わってしまう。カミラは生徒会室に帰らなければならない。
苛立ち交じりに唇を噛んだ。
先生が悪いわけではない。
たまたま時分が合わなかっただけだ。こういうこともあるだろう。
仕事が終われば、放課後で時間はかなり遅くなってしまう。その頃になると医務室の利用自体が終了してしまう。
だから、カミラが先生に会うことが出来るのは明日となる。今日は無理だ。それと明日、先生が医務室にいれば、だが。
カミラは渋々ながらも、生徒会室に戻ることにした。
これ以上はここにいられない。
書置きでも残すことが出来るように、生徒会室から紙とペンでも持ってくればよかったと、今更ながらに気付いて後悔する。他の教師にでも訊けば、彼の所在が分かるだろうか。
カミラは、生徒会室への帰り道でもどこかに先生の姿がないか視線を動かして探していた。
♢♢♢
「カミラさん、少し遅刻ですよ。……いやまあ、朝、遅刻しかけた私が言うのは何だか気が引けますけど」
生徒会室へ戻ると、少女が真っ先に声をかけてきた。
「ごめんなさい、気を付けるわ」
カミラは謝ると、すぐさま席に着く。
「それで、保健室に慌てて行きましたけど、何かあったんですか?」
仕事にとりかかろうとすれば、少女がそう話しかけてきた。
「休憩前、何だかカミラさん、落ち着きがないようでした。それに、休憩時間になるとすぐに飛び出して行ってしまいましたし」
少女が、カミラを心配そうに見つめていた。
カミラは苦笑する。内心は、その問いに答えたくなかった。
「特に何もないわ。先生が今度、あまり出回っていない物珍しい豆で淹れたコーヒーをごちそうしてくれるって言っていたから楽しみにしていただけよ」
すらすらと口を衝いて出る嘘に内心、驚きながらも、それを「むしろ好都合」だと考えるカミラがいた。
少女は、親友だと思っている自分をとてもよく気にかけてくれる。
良い友人なのだろう、きっと。彼女を友人として持つことの出来る人物はとても幸せであるのだろう。
けれど、その優しさが、気づかいが──どうしても心をささくれ立たせる。
普段なら、このような思いを抱くことなどあり得ないはずだ。だが、今のカミラには余裕がない。その心の余裕のなさが、あり得ないことを招いてしまう。
心の中で呟いていた。
──私にかまわないで。放っておいて。
今だけ、少女の無償の好意がカミラにとって煩わしく思えてしまうのだった。




