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カミラは、寮への帰り道を少女とふたりで歩く。
「どうしたのですか、カミラさん? どことなく早足のような気がしますけど」
気が急いているのが、いつのまにか表に出てしまっていたのだろう。カミラは、少し歩くペースを遅くして言い訳を考える。
「そうかしら。もしかしたら、続きが気になっている小説を寮に置き忘れてきて、それを早く帰って読みたいからかもしれないわ」
「ああ、なるほど。ちなみにどのようなものですか?」
「……そうね、形式は一人称で日記に近いものかしら」
「そうですか、少し意外です。カミラさんは、じっとしているよりも活発的な印象がありましたから」
「そ、そう。でも、このところ無茶は控えるようにしているの。もう、そろそろ卒業だから、少しは落ち着かないと」
「確かに。それは違いないですね」
少女は、何かを思い出したかのように、くすりと笑う。
「その方が、アーノルドさんも安心でしょう」
対して少女の言葉に、カミラは内心、冷や汗をかく。
このように、少女は赤の他人であれば、軽く流すような話題でも食いついてきて、実に困る時がある。少女はカミラの親友であるというのだから、気軽に訊いてくるのは理解できるし、礼儀も弁えているため話したくないと言えば、それ以上訊いてくることはないが、やはりその親しさが今のカミラには、少しやりにくい。
「ここ最近、カミラさんの無茶も随分と鳴りを潜めて、振り回されことはあまり無くなったので、私としてもいくらか安心できます」
そう言って語る少女を横目で見て、カミラは複雑な気持ちになる。
アーノルドはカミラを見て、『彼女』の姿を見ている。そして、それは目の前の少女だって同じだ。
少女は、カミラを見てはおらず、『彼女』を見ている。今なお、人々の目に映るのはカミラではなく『彼女』なのだ。
皆は、カミラをカミラとして見ていない。それが、寂しく感じられる。
──『彼女』も常にこのような気持ちだったのだろうか?
「……そうね。多分、もう、二度と無茶はしないと思うわ」
カミラは呟くように言った。
「それなら、私としては実に喜ばしいものですけど、ああ、でも──」
少女は、どこか少し悲しそうに笑った。
「……でも、ちょっとだけ残念な気もします。何だかんだ言って、私も楽しかったので」
少女の中で、『彼女』の親友として過ごした思い出は、かけがえのないものとなっているのだろう。
それを察してカミラは、心の中で「ごめんなさい」と呟いた。
「あんなにも変わることのないと思っていたカミラさんもいつかは変わってしまうんですね。そのことが少し寂しいです」
少女は、カミラに対して寂寥感を感じるのだと言う。
二年間活動した『彼女』はあまりにも大きな存在として少女の心の部分を占めているのだろう。
例えるなら、つい最近まで、いつも燦々と輝いていた太陽がいきなり陰ってしまったような、そんな気持ち。
熱いから涼しい方がいいのだと、言いながら、心のどこかで再び、太陽が輝く時を少女は待ち望んでいるのだろう。
しかし。もう、カミラの中身は少女にとってまったくの別人なのだ。
だからもう、太陽が輝きを取り戻す機会はおそらく、二度とやってこない。




