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本日の分の仕事が何とか全て終わると、カミラは目と肩の疲れをほぐす。
今日は、アーノルドのことに自然と気が割かれてしまい、普段と比べて一層疲労を感じるのだった。
自分にもう、用事はない。あとは寮に帰るだけである。
だが、その場合、いつものようにアーノルドと共に帰らなければならない。少女も一緒だが、このままだと彼と何を話せばいいか分からず、困り果ててしまうだろう。それは気まずい。
どうしようか。カミラは考える。
何とか、用事を思いついて彼と離れることが出来れば、とカミラは思い悩むが、しかしそれでは相手のことを露骨に避けているようなものだ。明らかに不自然である。だが、アーノルドの前で自然体に振る舞うことが、今のカミラには難しいのだ。
今の彼ならカミラのわずかな動揺でさえ看破しそうである。出来る限り、彼の不信感を煽りたくはない。
……ここは一体、どのような手段を選べば最善なのだろうか。
「今日も疲れましたね、カミラさん。それでは、帰りましょうか」
考えあぐねていると、大きく伸びをして少女が、椅子に楽な姿勢で座ったまま、こちらに声をかけてくる。
それで彼女は、我に返って慌てて彼の姿を探す。だが、
「……アーノルドは?」
カミラは少女に訊いた。なぜなら、生徒会室の中を見回しても彼の姿が見当たらなかったからだ。
「アーノルドさんなら、どうやら用事があるようなので先に帰りましたよ。……あれ、カミラさんはそのことを何も聞いていないんですか?」
「あ、ああ……そういえば、そうね。すっかり忘れていたわ」
カミラは、咄嗟に言い繕う。カミラの心は焦燥感に包まれていた。
常に三人一緒に帰っていたはずの彼が、今日に限っていない。それは明らかに不自然だ。
まさか、アーノルドは、カミラのことを意図的に避けた……? だが、まったくの偶然だということもありうる。
どうにも憶測だけで自分の中で確信が持てない。判断材料があまりにも乏しすぎる。
まだそうと決まってわけではないのだから、決めつけるのは早計だが、しかし、どうしてアーノルドはカミラに先に帰ることを告げなかったのか。いつもなら、彼は一言告げるはずなのに。
いや、今がその「いつも」ではなくなったかもしれないから、こんなにも焦りと不安を抱えているのではないか。アーノルドの真意がまるで見えてこない。彼は、今、何を思っているのか。それが、分からない。
自分は一体、どうすればいいというのだ。
考えをめぐらすほど焦燥感が募っていく。
いけない、とカミラはそこで頭を振った。
こういう時こそ気を落ち着かせなければならない。一度冷静にならなければ、さらに深みにはまるだけなのだから。
少女は、カミラの焦りに気付いた様子もなく、座っていた椅子から立ち上がって言った。
「少し遅くなるそうですし、待たずに先に帰ってくれと言っていたので、さっさと帰りましょうか、カミラさん」
カミラは、その言葉に頷いたのだった。
とにかく今は、考えを整理する時間が欲しかった。
早く寮に帰って、考えをまとめなければならない。
その考えを明日、先生に話そう。そして彼が持った意見とすり合わせて、この状況を打開するのだ。




