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 きっかけは一体、何だったのだろうか。


 ──彼が、私を『彼女』ではないと思ったのは。


 カミラは、生徒会室に戻ってから、そのことばかりを考えていた。


 仕事にまったく集中出来ない。頭からそのことを追い払おうとしても、出来なかった。むしろ、気はそちらの方に大きく傾いていく。


 そのせいで、何度かミスを繰り返してしまった。だが、まだ周囲に対してカミラの心が平常ではないことを気取られてはいない。必死にカミラは、平静を装う。

 そして、アーノルドは今の自分に気付いてはいるのだろうか。それが、どうしても気になってしまう。


 カミラは何度も、アーノルドに視線を向けていた。特に、いつもと何も変わらず彼は仕事をこなす。

 それが、とても不安を掻き立ててくる。


 どうして自分は、こんなにも心がざわつくのだろうか。


 本来なら、この体はカミラの物で、自分こそが本物のカミラなのだ。

 だから、臆することなど何もないはずなのに、


 でも、そう思えば思うほどに不安が心を強く支配する。


 カミラがアーノルドのことを何一つ知ろうとしてこなかったように、アーノルドもまたカミラのことを知ろうとはしてこなかった。

 それは、当然のことだったのだ。何せ、ふたりは憎み合っていた。好きでもない相手に対してあまり興味が持てなかったというのもあるが、少しでも相手のことを知るということは、火に油を注ぐようなもので、より強く相手を憎む結果となる。それは、お互いの得にはならない。むだに心が疲弊するだけ。そのことが大きい。

 だが、その話は学園に入るまでの話だ。


 カミラの意識は、『彼女』のものとすり替わり、二年の間カミラは『彼女』であった。その時に、アーノルドが現在のような心変わりを果たしたのなら、おそらく彼は『彼女』のことを知ろうと努めただろう。

 ──『彼女』とアーノルドは憎み合う仲ではなかったのだから、当然のこと。


 だから、


 ──アーノルドにとって、『彼女』こそがカミラなのだ。


 ──彼にとって、今のカミラこそが偽物なのだ。


 それが、歴然たる周知の事実なのだ。


 今の状況で異物は自分の方である。


 そのことを考えると、不安でたまらなくなった。

 カミラが想いを諦めたから、それで全てが丸く収まるわけではなかった。


 アーノルドの方が、そのことに気づいてしまえば、それこそ簡単に今の状況は崩れてしまうのだ。


 ──今のカミラが『彼女』本人ではないことは、自分自身認めている。カミラは『彼女』ではないし、『彼女』はカミラではない。

 だから、些細でありながらも決定的なその違いが、その歪みが、少なからず周囲に影響を与えてしまう。二年間、『彼女』の隣にいたであろう、アーノルドには尚更だ。

 彼がそのずれに気付くのは、遅かれ早かれ時間の問題だったのだ。


 どうして、根拠もなく大丈夫だと思っていたのだろうか。どうして、そのことについて何も危惧しなかったのだろうか。


 ──『彼女』は、常にカミラを演じようとしていたのに、自分はそれをただの一度もしてこなかった。


 カミラは今更になって、重大な過ちを犯してしまっていたことに気付く。もう、過ぎ去った時間は巻き戻せない。


 カミラは、『彼女』が作り上げたハッピーエンドを知らず知らずのうちに壊してしまっていたのだ。


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