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思わず、カミラは目を丸くしたのだった。
アーノルドのその返答を半ば強いるような物言い。それはまるで、目の前にいる彼はカミラのことを何か疑っているようではないか。
「アーノルド……?」
今までこのようなことはなかった。
息苦しい雰囲気が、二人の周囲を支配する。
「──頼む、答えてくれ、カミラ」
アーノルドは、強く請う。何かを期待するような眼差しで、カミラの目を見ている。
「……えっと、何って、少し先生とお話しをしていただけよ? コーヒーを飲んで、それと少し相談にのってもらったの。それだけだけど、どうかしたの……?」
アーノルドの剣幕に、カミラはたじろぎながらも返答した。嘘は言っていない。決して真実と言い張れるほどに自信が持てるものでもないが。
対する、アーノルドはその答えに少々納得しかねているようだった。一瞬、彼の瞳に宿る何かしらの感情が膨れ上がる。
だが、じきに表情を柔らかくして言った。
「──分かった、信じるよ」
そうして彼は、破顔する。ふたりの周囲を取り巻いていた息苦しい雰囲気はその一瞬で取り払われた。
カミラは、その言葉を聞いて脱力していた。無意識のうちに、彼女の体は緊張状態に陥っていたのだ。
「行こうか、カミラ。他の役員たちを待たせるのは心苦しい」
今さっきのことは何もなかったのだと、アーノルドの態度が示す。現在、彼は明らかに、様子がおかしかった。
「……アーノルド、本当にどうしたの? 今のあなた、何か変よ」
カミラがそういえば、アーノルドは力無く答える。
「ごめん、カミラ。どうやら今日は、少しばかり体調が芳しくないみたいだ。でも、心配はないさ」
そうして手を差し出して、何事もなかったかのように、アーノルドは、再び笑う。答えるつもりはないのだと、差し出されたその手が明確に表している。
「……分かったわ、アーノルド。行きましょう」
元より選択肢はなく、カミラはその手をとる他なかった。
ふたりは、無言になって廊下を歩く。
これまでアーノルドは、カミラの言葉を信じて疑わなかった。しかし、ここにきて彼は、疑念の目で問うてきたのだ。
このようなことは今まで一度もなかったのだ。
そう、
──カミラが目を覚ましてから、一度も。
二年前──あの屋上で彼が、カミラの本心を問いただそうとしたのが、最初で最後だ。
今、廊下にはカミラとアーノルドしかいない。完全にふたりきりである。
カミラは、アーノルドの横顔を見た。彼の表情は、いつも通りだが、今までと何かが決定的に違うように思えてくる。
カミラは人知れず生唾を呑みこんだ。
心の底から湧き上がってくる、この不安。
実に嫌な予感が、脳裏をよぎる。
まさか、
──自分が、『彼女』ではないことを悟られたのかもしれない。
内心、カミラはとてもではないが穏やかな気持ちではいられなかった。




