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「その意気やよし。それでこそ君だ」
カミラの言葉を聞いて、満足気に先生は頷く。それは彼にとって十分な回答だったようだ。
次に、先生は、話題を変えて口を開く。
「それで、君が感じた違和感についてだが──」
そこで先生は、首を横に振った。
「日記を読んでも私には、何も感じることがなかったようだ。すまない」
どうやらその点については力になれそうにない、と先生は嘆く。
「いえ、大丈夫です。その違和感は、私だけが感じたということが分かりました。それだけでも十分な成果です。お気になさらず」
先生に訊くことによって胸の中で今もくすぶり続けるこの何かが、上手く形になってくれるかと期待したが、残念なことにそうはならなかったようだ。
しかし、カミラは気を落とすことはない。もう焦って、大切な何かを見落とすことは避けたかった。だから、常に落ち着いて物事を見極めることに努めるのだ。
「君がそう言うのなら、良いのだが……やはり、その君が感じた違和感というものが私も気になるな。よければ、今日一日、日記を預かってもいいだろうか? 明日に私見を語ろう」
「はい、構いませんよ、先生」
「ありがとう、君のために何とか力を尽くしてみることにするよ」
日記を机の引き出しにしまうと、先生は唐突に思い出したように、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「今日は、来客があるのだったな。すっかり失念していた」
「来客……ですか?」
カミラは、先生の言葉に少々驚く。何せ、医務室は滅多に誰も訪れない。室内には、先生ひとりしかいないのが常である。
だから、カミラは医務室を憩いの場として利用していたし、気軽に自身が抱えている秘密を話すことができた。
珍しいことではある。しかし、あり得ないことではない。ここは別に私用の部屋ではないし、誰に対しても開かれている公共の場なのだから。
「分かりました。それでは、これで私はお暇します。今日もありがとうございました先生」
「それは、こちらの台詞だ。いつもありがとう、カミラ君。君のおかげで日々、話し相手に困らず退屈せずにいられるよ」
二人は、笑い合い、そこで今日の密談は終わるのだった。
♢♢♢
「──失礼しました、先生」
笑みを浮かべながらそう言って、扉を閉めれば、カミラは廊下でばったりと出会ってしまった。
「──やあ、カミラ」
「アーノルド、どうしてここに?」
丁度、医務室の前にいたのは、アーノルドであった。
「もう、そろそろ休憩が終わる頃だから、君を探しに来たんだが、やはりここだったか」
「ありがとう、迎えに来てくれたのね」
「いつものことだ、気にしないでくれ」
アーノルドは少し照れたように口を開く。だが、すぐに彼のその表情は引っ込んでしまった。代わりに出てきたのは、感情を押し殺したような仮面染みた無表情。
「カミラ、ひとつ聞きたいんだが──」
「アーノルド、どうしたの急に……?」
いつもとは少し彼の様子が違う。そんな気がする。
「──君は医務室で、一体何をしていたんだ?」
自分に問う彼の瞳に小さくも確かに剣呑な光が宿るのがカミラには分かった。




