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「それは確かなのかね……?」

「はい、間違い無いはずです。念のため、先生にも確認してもらおうと思いまして」

「……分かった」


 カミラの言葉に真剣な面持ちになって、先生は手にした日記を開くのだった。


 おもむろにページをめくり、先生は内容に目通していく。眼鏡の奥で感情が揺れ動く。


 そこに記されたあまりにも重苦しい全てが、自身の心にかなりの負担をかけるのだろう。必死になって、目が文字を追いかけていく。『彼女』が味わった苦悩を知っていく。


 読み終わった頃には、日記を読んだ直後のカミラ同様に先生は幾分か疲れた表情をしていた。


「……これをどこで?」

「寮の自室を探せばありました」


 カミラの返答に「なるほど」と先生はどこか力無く頷く。


「日記をつけて自分のことを記録するのもまた、自身の存在を保つ手段として有効だろうな……」


 先生はそう言って、コーヒーを口に運ぶ。カミラから見て、先生は至って冷静に振舞おうと務めていることが分かる。彼は動揺を押し隠さんとしていた。


 無理もない。この日記に記されていることはあまりにも衝撃的であるのだから。


 先生が落ち着きを取り戻すのをしばらく待って、カミラは自分の抱いた違和感を伝えることにした。


 ♢♢♢


「すまない、カミラ君。少々見苦しいところを見せてしまった」


 普段通りの態度に戻った先生だったが、やはりその表情は少しぎこちない。


「いえ、その、私も、そうなりましたから」


 カミラはそう言うと、次に自分が感じた違和感について話す。


 先生はそれを何も言わずに聞いて、視線を下に落とした。


「確かに、それは私も同じように思ったよ。『彼女』は、君たちのことを知っているかもしれないとここに書かれていた。――カミラ君、訊くが、『彼女』は君自身ではないと判断したのだったね」

「はい、そうです」


 カミラは先生の問い掛けについて迷うこと無く肯定する。


「なるほど、なら、君の言葉から『彼女』は本質的には君とはまったく異なる赤の他人のような存在として仮定しよう。正直、『彼女』については君の直感でしか判断のしようがない」


 先生はこのように告げた。──どうあがいても今の自分たちには『彼女』がカミラではないかもしれないことしか分からない、と。


 ──『彼女』は確かに存在していたが、それを証明することは出来ない。


「だが、誤解しないで欲しい。決して君の言葉が妄言や虚言の類だと思ったことは今まで一度もない」

「……お気遣いありがとうございます。私はそれはちゃんと知っていますよ」


 でなければ、ここまで先生は親身になってカミラを助けようとはしない。これまでの彼自身の言動が、それを物語っている。


 先生は、カミラの言葉を信じて疑ってはいない。それは確かだ。


「『彼女』は意識を失った際に生まれたもう一人のカミラ君の人格で、それゆえに知っているのかもしれないと言ったのか、それともまた全く別の誰かの意識で、それは君たちを知る人物であるからなのかは現時点では、どうしても私たちに判断することは出来ない。だが──」


 先生は、一度言葉を区切って強く言う。


「今、私の目の前にいる君は、間違いなくカミラ君自身だ。君がそのことに自信を持て切れていないというのなら、まだ短い時間でしかないが、君と何度も言葉を交わした私が保障しよう」


 他人が、自分の存在を肯定してくれることの力強さを、頼もしさをカミラはしかと実感する。自分が守られていると分かるだけで、これほどまでに安心できるとは。

 きっかけがなければ、ずっと知らないままだっただろう。

 この素晴らしさを。このかけがえのなさを。


 カミラは勇気をもって断言する。


「はい、その通りです。今も昔も、私はカミラです。それだけは絶対に変わることはありません」


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