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 日記を読み終わると、カミラは息を大きく吐いた。

 気がつけば、自分の首筋に冷や汗が伝う。


 日記の中には、『彼女』の感情が、つつみ隠されることなく表されていた。


 日記を閉じて、カミラは思考に耽る。『彼女』は、カミラを憎み、哀れんでいた。そして、最終的に『彼女』は自分自身の存在を世に示そうとしたのだ。けれど、それは成されることはなかった。今、ここに元のカミラがいる。それが、確かな証拠。


 ――『彼女』は完全にカミラに成り代わることはついに出来なかった。


 本来なら、それを喜ぶべきなのだろう。自分の体を乗っ取られ、自分の存在を抹消されそうになっていた。それが、途中で頓挫したのだ。何せ、それは身の毛もよだつほどに恐ろしいことなのだから。だから、普通はとても喜ばしいことなのだ。

 けれど、それはカミラには出来ない。似たような体験をした今。『彼女』を深く知ってしまった今。想いを諦めてしまった今。

 カミラは、ただひたすらに悲しく思えるのだ。

 故意か偶然かは分からなけれど、こうして悲劇は起こってしまった。


 日記の中で、『彼女』は苦しんでいた。辛そうにしていた。『彼女』の叫びは誰にも届くことはなく、常に孤独だった。


 ――そして『彼女』はついぞ報われなかった。


 それが、たまらなく悲しい。おそらく、自分が『彼女』だったなら耐えられないだろう。すぐに狂ってしまうはずだ。


 唯一、アーノルドと『彼女』は想い合っている。いつもカミラを憎んでいた彼が、『彼女』に対して心を向けるようになった、その変化。それが、救いだったのだ。『彼女』に差し伸べられた、たったひとつの希望だったのだ。


 ……なら、仕方ない。


 カミラは、再度ため息を吐いて、小さく呟く。彼女は苦しみながらも懸命に努力して、今の地位をつかみ取り、その果てにアーノルドと愛を分かち合うことになったのだろう。

 今のカミラの地位は、『彼女』を踏み台にした場所にある。それは、すなわち『彼女』が残した功績を全てかすめ取って自分の物にしているに等しい。

 偶然、目の前に転がり込んできた幸せを何の疑問も持たずにのうのうと享受していたのだ、この自分は。


 ああ、なんて浅ましい。なんて愚かしい。


 カミラは、己が恥ずかしい。一度でも幸せだと思ってしまった。この幸せを作り上げた『彼女』のことを何も考えずに。何も思わずに。何も認めずに。


 カミラは、想いを諦めて当然だと思った。何せ、血反吐を吐きながらも常に努力した『彼女』にじつに失礼であったから。


 カミラはすでに知っているべきだった。認識しているべきだった。


 ──このハッピーエンドは、『彼女』という尊い犠牲の元で成り立っている。


 ああ、もっと早く自分は、そのことに気づくべきだったのに。


 ♢♢♢


 嘆いてばかりいたカミラは気を落ち着かせると、しばらくして、もう一度日記を見返した。

 内容は当然のごとく先ほどとはなにも変わっていない。しかし、より客観的に見てみれば、先ほどとは違って、カミラはどこか違和感を覚えたのだった。


 日記には、『彼女』はカミラのことを知らないと書かれているのに、『彼女』は途中でカミラのことを知っているかもしれないと記されている。そして、アーノルドのことも。だが、記述は曖昧で、いまいち要領を得ない。気にしすぎなのだろうか?


 そしてもう、ひとつ。しかし、それについては、カミラは説明しかねるのだった。何せそれは既視感のようなもので、具体的には説明出来ないが、何か頭の中でひっかかる。


 何度か頭を捻るが、その違和感の正体は詳細には特定出来ない。


 ……分からない。だが、気になる。

 だから今度、医務室に行って先生に尋ねてみようと思うのだった。



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