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 ──私はカミラじゃない。だからどうやったとしてもカミラにはなれない。だから、私は──カミラを憎む。


 ♢♢♢


 目が覚めれば、私はカミラという誰かになっていた。私は、カミラじゃない。なのに、皆が私をカミラと呼ぶ。意味が分からない。頭がおかしくなりそうだ……。


 満足に動けない体でベッドに縛られて、私に自由というものはなかった。あるのは、そう、地獄だけだ。

 毎日、誰かが私の前に姿を現す。それは、カミラの父や母と呼ばれる人物であったり、知人や友人と言った存在だ。


 ……知らない、知らない。そんな人たちは。知るはずがない。覚えているはずがない。だって、私はカミラじゃないのだから。


 ほっといて欲しかった。構わないで欲しかった。けれど、その人たちは皆、私にカミラとしての振る舞いを求める。私の記憶にありもしない義務や教育をなすりつけられる。


 気が狂いそうなる。毎晩、頭を抱えて呻き声を上げた。私は本当にカミラなの? 実は、カミラの記憶が無くなった結果として、私が存在するの? 違う、違う、違う。私は、私は──


 ──私には名前がある。他でもない、私だけの名前が。だから、私はカミラじゃない。カミラであるはずがない。


 目に映る存在全てが恨めしい、憎らしい、厭わしい、忌まわしい。

 皆が私を否定する。皆が私から私だけの名前を奪う。

 どうして皆、私に押し付けようとするの? 私にカミラを求めて何がしたいの? どうして皆、私を拒絶するの? どうして、私から目を逸らすの?


 私は確かにここにいるのに。どうして誰も私を見てくれないの? 一切、認めてはくれないの?


 ──誰か、お願い。私を、見つけて。私を助けて、私を支えて。



 私を愛して。



 ……ああ、何もかもが、憎々しい。身震いするほどにおぞましい。


 この状況は、一体誰のせい? カミラ? それとも私? 分からない。何も考えたくない。誰のせいでも無いとしたら、私は誰を責めればいいの……?


 分からないけれど、私の中の今の感情は、周囲に、そしてカミラに向かっている。


 私から見れば、実に分かりやすい憎しみの的として、彼女たちは機能している。


 ♢♢♢


 いっそ楽になってしまいたかった。舌を噛み切れば、あるいは喉を切り裂けば、終わってくれるのだろうか。


 ……ああ、でも、死んだら、本当に楽になれるのか分からない。また他の誰かになるだけかもしれない。それは嫌だ。耐えられない。

 この地獄は身がけずれるように辛い、苦しい、悲しい。なのに、いつまで続くか分からない。……最悪だ。


 どうして、私は私じゃないの? どうして、私はカミラなの? 誰か教えてよ……。もう、狂ってしまいそうで耐えられない。


 ♢♢♢


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度度も何度も何度も何度も何度も何度──私は、私の存在を否定され続けて、ついに私は悟ったのだ。諦めたのだ。


 私は、カミラじゃない。けれど、カミラにならなければ生きていけないのだと。


 顔も名前も知らない人達から耳にタコが出来るほどにカミラの性格や人物像を聞いた。


 傷はほとんど癒えてきて、体は自由に動いてくれる。だから、出来なかったことも容易に出来そうだ。もう、本人らしく振る舞うことも可能だろう。ためしに少しばかりカミラを演じてみれば、誰も違和感を抱いた様子はない。


 そして私は、カミラじゃないのにカミラになった。

 けれど、これだけでカミラになれるとは思っていなかった。本当のカミラは、一体どのような人物なのだろうか。姿なら毎日見てはいるけれど、中身までは知らない。だが、それでカミラを演じることが出来てしまう。カミラは、本当に愛されていたの? 本心を常に秘めていただけなのかもしれないけれど──なんて薄っぺらくて、可哀想な人。


 カミラには婚約者がいるらしい。

 名前を聞いてもやはり分からない。でも、どこか知っているような気がする。これは、私の中でははじめての感触だ。学園というところに行けば、それは確かめることが出来るのだろうか。


 ♢♢♢


 戸惑う私がいる。これは一体どういうことなの?


 私はカミラを知らない。知っているはずがない。


 けれども、どうして……?

 どうして、私は学園に来てカミラを知っているような気がするの? 分からない。カミラの評判は驚くほどに悪かった。病院で聞いていた話とは、真逆だ。信じられないほどの悪評だ。

 私は今、「模範的」なカミラを演じている。けれども、学園で広まるカミラの人物像は、どう聞いても「破滅的」だ。わけが分からない。意味が分からない。


 でも、どこかそのカミラを知っている気がする。じゃあ、私は本当にカミラなの……? 違う、違う、違うっ! 私は、私は、私は、私は、私は、私は──


 ああ、もう、何もかもが分からない。すでに気が触れてしまっているのかもしれない。そうだ、きっとそうなのだ。


 けれど、どうだっていい。私はカミラを演じるだけ。それだけで、周囲は満足してくれる。ああ、目に入る全てが恨めしい。私をカミラだと思い込んでいる者たちが、そして――カミラが。


 私は、カミラじゃないのに。


 ♢♢♢


 学園に通って決めたことがある。私は、どうやったとしてもカミラにはなれない。それをまざまざと実感した。私は、紛れもなく。嘘偽りもなく私自身なのだ。それは変えられないし、覆ることもない。私は、私。


 だから、


 私がカミラになるんじゃない。カミラを私にすればいい。

 今までのカミラが行ってきた全てを私の全てで塗りつぶす。


 そうすれば──



 ──私は、カミラじゃない本当の私になれる。そんな気がする。


 ♢♢♢


 赤裸々に綴られた『彼女』の本心はそこで、途絶えていた。


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