21
「今日はありがとう御座いました、先生」
「何、大したことはしていない。明日もまた相談しに来るといい、歓迎しよう」
先生は実に柔らかな表情で言った。
「はい、分かりました。さようなら、先生」
カミラは微笑みを浮かべて、応じる。
「さようなら、カミラ君。アーノルド君との幸せを切に願っているよ」
そうして、カミラは一礼して退室したのだった。
♢♢♢
カミラは、廊下を歩く。足取りは前よりも軽やかに。
そして歩きながら、思考に耽る。
先生の言葉は、確かにカミラに響いたのだった。
しかし、先生は、カミラとアーノルドのことをあまり知らない。
だから、学園に入学する前から仲がいいのだと思っている。
カミラとアーノルドは憎み合っていた。
二人の愛が本物になったのはここ最近だ。
……それでも、真の愛とは似ても似つかないけれども。
ただ、二人の演じ方が本物らしく見えただけだ。偽りの愛が本物に見えるほどに強く憎しみ合っていただけだ。
当然だが、先生はそれを知らない。カミラがそこまで話せなかったからだ。
「……ごめんさい、先生」
真摯に耳を傾けてくれた先生の姿を思い出して、ちくりと罪悪感が、カミラの心を刺す。
二人の演技を見抜けたのは、長年の彼らを知る本当に近しい者だけ。
たとえば、近くで二人を見ていた両親は確実に気付いていたに違いない。
二人をよく知っているからこそ、より二人の姿が不自然に見えたことだろう。だから、二人に対して何も言わなかった。
貴族の一員としての務めをきちんと果たしていると、そう判断されたからだろう。
だから、愛情を抱くことを許されず、憎しみ抱くことは許された。
今だから思う。おそらくそれは、元から両親が仕組んでいたこと。自分が婚約者を憎むようになったのは、自分に施された教育の一端であったのだ。
何て馬鹿馬鹿しい。端から自分に選択肢などなかった。それに気がつかなかった自分は何て愚かなのだろうか。
カミラは、あまりにも滑稽な自分のことがおかしくて、思わず笑ってしまいそうだった。
──愛は人を不幸にする。かつて両親が言った言葉を思い出す。
愛により、かつてカミラは『破滅』の道を歩んでしまった。そして今は、愛のために苦しみ踠いている。
──愛は罪深いと言う。確かにその通りだったのだ。
先生に話を打ち明け、先生の聞いてカミラの心は軽くなったが、それでもその差異は微小なるものだ。
心が徐々に蝕まれていくのは、やはり止められない。
このままでは近いうちに、カミラの心は擦り切れてしまうのは避けられない。
だから、カミラは決意する。
カミラから見たアーノルドの『彼女』を想う気持ちは揺るぎないものだ。もう、変えようのないものだ。
先生の助言を聞いて、一度頭を冷やして冷静に考えることが出来た。
冷静になって考えた結果として、
それゆえにカミラは心に決めたのだ。
「……ごめんなさい、先生」
再度、彼女は謝罪の言葉を小さく発する。
……相談にのってもらった先生には悪いけれど。
ようやくカミラは、現状を受け入れる。そして、
愛を、諦めるのだ。




