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「コーヒーは……確か大丈夫だったはずだな」
先生はコーヒーをカップに淹れると、カミラに手渡す。
カミラは起き上がってベッドに腰掛けると、それを受け取る。コーヒーは温かくて、とても良い香りがした。
カミラの心が次第にほぐれていく。
「それでは聞かせてもらおうか。君は今、何ついて悩んでいるのだね?」
「……はい、分かりました」
そして、カミラはぽつりぽつりと話し出した。
♢♢♢
最初はゆっくりとした語り口だった。けれど、口を開けば開くほどにあふれてくる感情は、勢いを増す。熱が入り、無意識に滔々と。そして、いつしか早口でまくしたてるように。
先生は何も言わず、真摯な態度で聞き役に徹していた。カミラが思いの丈を吐き出すのをただ黙って見守っていたのだった。
どれだけの時間、カミラは言葉を喋り続けただろうか。
その時間は果たして長ったのか、短かったのか正直に言って覚えていない。ただひたすらに心に溜まっていた膿のようなものは全て吐き出していたのだ。
それで、心の中にはぽっかりと空きが出て、前と比べて幾分か軽くなったような気がする。
カミラは、思うことのほとんどを打ち明けた。
けれど、それは空白の二年間に関係することについて、だけであった。アーノルドの心変わり。現在のカミラの心境。それらについて。
どうしても、カミラにはあの時までのアーノルドとの関係について話すことが出来なかった。
憎み合っていた頃の話。カミラの憎しみが愛に変わった頃の話。
それらを話そうとして口を開けば、勝手に口が言葉を変えて出てしまうのだ。
結局、先生に話すことが出来たのは、目覚めて以降、アーノルドがカミラのことを想っているのではなく、『彼女』を想っているのではないかということだけ。
全てを語るには、カミラの覚悟が足りなさすぎたのだ。
それ程までに、アーノルドに対しての想いは、カミラの中で深々と根を下ろしていた。
「ふむ、なるほど――」
先生はカミラの話を聞き終えてから、腕を組んでしばらく己の思考に耽っていた。
「正直に言えば、そのことについて私も懸念していた」
先生は、表情を変えずに言う。
「アーノルド君は、二年間も『彼女』の隣に居続けた。それなら、多少なりとも彼の心境が変化してもおかしくはないと思っていたよ」
「先生は予想していたのですか……? アーノルドが私ではなく『彼女』を想うようになったかもしれないことを……」
「そうだ」
彼女の言葉を先生は肯定する。
「……どうして前もって教えてくれなかったのですか」
「はじめは君がそのことについて考えないようにしていたからだ。ただでさえ心に余裕がないのに、君がさらに追い詰められるのは避けたかった。それが正直なところだ」
そう言って、先生は溜息を吐く。
「だから、折を見て話そうと思っていたのだが、君の周囲に対する適応が思っていたよりも早かった……いや、これはただの言い訳だな。完全に私の失態だ。君が現在おかれている状況を理解していたのにもかかわらず、君の注意を怠ってしまった。――すまない、カミラ君」
そして、先生は深々と頭を下げて謝罪する。
対するカミラは、それを見て慌てる。
「い、いえ、先生のせいではありません。私が自分だけで解決しようと思ったからいけなかったのですから……」
「だが、君は苦しんだ。私は、気付いていたのに忠告することをしなかった。不甲斐ないばかりだよ……」
先生は、己を恥じていた。
「今度から、自分ひとりで溜め込むことはない。何かあれば、すぐに言ってくれ。必ず力になってみせよう」
そして、次に先生はカミラが吐露した話について自分なりの考えを持って口を開く。
それだけで、カミラの心は大きく救われる気がした。