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前回の最後部分を修正しました。
「先生……」
慌ててカミラは周囲を見回す。けれど、そこには白いカーテンと白い壁があるだけで、驚くほどに無機質な光景だった。
今いる場所は、医務室だ。二人が建てた家の中庭ではない。
カミラは先ほどまで夢を見ていた。そう、あれは現実ではない、夢だったのだ。カミラが無意識に望んだ、実際にはありえない光景。
今見ている光景こそが現実である。それを実感すると、再び心が沈んでいく。
「酷い顔をして医務室に入ってくるなり、何の断りもなしにベッドに飛び込んだのだから、何事かと思ったよ」
「すみません……」
カミラは項垂れるようにして謝った。
アーノルドたちと別れてから、カミラの心は悲鳴を上げて、そしてついに限界がきたのだった。医務室の扉を開けて、そこから記憶がない。
そのまま、自分の体が疲れた心を癒そうとして目に留まったベッドに潜り込んだのだろう。
「食事はきちんと毎日欠かさず摂っているかね?」
先生は唐突に訊いてくる。
「はい、きちんと食べています」
「なら、十分も睡眠は?」
「いえ、それも大丈夫、ですけど……あの、それが何か?」
「ふむ、どうやら軽い貧血ではないみたいだが、他に君から思い当たる要因は何かないかね?」
先生の問いかけをカミラは、即座に否定する。
「いえ、先生。私は、病気になったことはほとんどないので……」
「──なるほど、それなら君の今の状態は、体ではなく心の方が問題か」
先生は、カミラのベッドの近くまで椅子を持ってきてそこに座ると、言った。
「私は一応は教師の端くれだ。そして、生徒の面倒を見るのは教師の役目だ。悩みを抱えて困っている生徒が目の前にいる。なら、相談にのるのが道理というものだ」
そうして先生は、カミラに促した。
「遠慮することはない。ここは常に来客が滅多にこないから、私以外の誰にも聞かれることはないし、外部に漏らすような愚かな真似もしない。安心するといい」
先生の言動を見て、カミラが怪訝な顔つきになる。
「どうしたのですか、そのように改まって……? それに先生のことは信頼しています。私の記憶が二年間抜けていることを周りに黙っていてくれていますし……それにその後、何度も私の話を聞いてくださいました」
「だが、今、君はそれとは違うことについて悩んでいるのだろう? いや、二年間の空白にも大きく関係しているように君の顔を見ていて、そう思える。何にせよ、君の秘密を知っている私もまるっきり無関係というわけではないようだがね」
図星をつかれて、カミラは言葉に窮する。
カミラが現在悩むのは、アーノルドとの関係だ。それは、先生が周囲に対して秘密にしてくれている空白の二年間と大いに関係がある。いや、因果関係そのものに近い。
「君は、私にまだ話していないことで今、悩んでいる。そうだろう?」
彼には確信めいた何かがあるらしい。先生のカミラを見据える瞳は揺るぎなかった。
カミラは何度か、空白の二年間と『彼女』について先生に相談にのってもらった。しかし、アーノルドとの関係については、まったく先生には打ち明けていない。
何せ、周囲と同じく先生はカミラとアーノルドが昔から仲がいいと思っているのだから。
カミラは逡巡する。どうするべきか。
先生に自分の悩みを打ち明けたところで何か変わるのだろうか、それは分からない。けれど、自分の中では、ぐるぐるとひたすらに回り続けて堂々巡りだった。
考えれば考えるほど深みにはまっていく。カミラの心は、このままでは摩耗してじきに消えてなくなってしまいそうだ。
今の自分に正常な判断が出来るとは思えない。
もう、あふれてこぼれ落ちいく自分の感情はひとりでは抑えきれないものになっていた。
それなら、どうすればいいのか。誰かに頼ってもいいのだろうか。この自分が。
迷い、ためらい、そして、
「……先生、私の相談にのってくれますか……?」
気がつけば、彼女は口を開いていた。先生に対して、可能な限り話そうと。
「もちろんだ」
そして、対する先生はどこか嬉しそうに、頷いた。