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 アーノルドの言葉を聞いてから、カミラは何も頭に入ってこなかった。

 どのように自分が質問に答えたのか、はっきりと覚えていない。だが、幸いなことに新聞部の生徒は、カミラの様子にはまったく気づいていなかった。カミラの、ぞんざいな返答に満足して帰っていったのだった。


「……どうしたんですか、カミラさん? 何だか、先ほどから様子がおかしいですよ……?」

「ごめんなさい、今日は体調が優れないの。ここ最近は調子が良かったのだけど……」

「それなら、少し休んだ方がいいのでは?」

「そうするわ、ありがとう。──アーノルドもごめんなさい」

「いいんだ、カミラ。医務室まで送ろう」


 アーノルドの申し出に対してカミラは、首を横に振った。


「いいの。体が少し怠いだけだから。今日の分の仕事もまだ半分近くは残っているし、それに──ひとりで大丈夫だから」


 迷惑はかけられない、彼女はそう言って断る。


「だが、今の君は……」

「お願い、アーノルド──お願い」


 彼女は頑なにアーノルドを拒む。──ついてこないで、と。


 ここにきて、カミラが表した明確な意思。

 アーノルドは、それに対して何も言うことは出来なかった。


 彼は、黙って頷いたのだった。


 ♢♢♢


「……違う……違うの……あぁ」


 人気のない教室を見つけたカミラは、そこで独りぶつぶつとおもむろに呟くばかりであった。


「違う……こんな、はずでは……ないの……違う、違う、違う……うぅ……」


 そう、こんなはずではなかった。絶対に耐えると決めたのに。カミラの心はアーノルドの前で無情にも揺れてしまった。


 アーノルドの表情が脳裏に焼き付いて離れない。彼は、愛おしい人を見る目でカミラを見ていた。

 カミラを見て、『彼女』を想う。それなら、まだ耐えることが出来た。けれど、彼は『彼女』の話をしたのだ。アーノルドの言葉が脳内で何度も何度も反芻される。ああ、聞きたくない。やめて、やめて、やめて──


「違うのアーノルド……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 どれだけ、アーノルドが『彼女』を想っているのか、それを実感してしまう。それが、自分の予想をはるかに超える傷をカミラの心に刻み付ける。

 覚悟はしていた。けれど、それでもだめだった。


 彼の前では、何事もないように振る舞うつもりだったのに。彼には、幸せでいてもらうつもりだったのに。こんなはずでは、なかったのだ。


 あんなにも見せつけられると、嫌でもカミラの心は動いてしまう。


『──今、こうしてカミラは俺の隣にいてくれる。俺のことを想っていてくれる。──それが、何よりの幸せだよ──』



 ──違う、違うの。ごめんなさい、ごめんさい。私は、『彼女』ではないの。『彼女』はここにはいないの。いるのは私。あなたが、心から憎み嫌っていた私なの──



 アーノルドを想い、カミラの心は潰れてしまいそうになる。そして、何度も何度も謝った。


「ああ、それでも……アーノルド、私はあなたを愛してる……」


 カミラは涙をこぼして、かすれた声で言う。


 彼が愛する人は自分ではない。けれど、図々しくも彼の愛を受けたいと思ってしまう自分をカミラは嫌悪して吐きそうになる。

 たとえ彼に自分の愛は決して届かないし、彼の愛は自分を傷つけるのだとしてもカミラは、それでもアーノルドを愛したいと思ってしまう。

 身を引き裂かれるほどの罪悪感に包まれていようとも、感情は強くあふれていく。──ああ、止まらない。


 愛することがこれほどまでに、苦しくて辛くて痛くて悲しくて泣きたくて空しい、だなんて。


 心がどんどん蝕まれていく。逃げないと決めたからカミラは逃げることが出来ない。だから、それはより広く深くなっていく。


 そうして次に、カミラの中であふれてくるのは身勝手で、酷く醜くおぞましい感情。


 どうして、彼は私を憎むの?

 どうして、彼は『彼女』を選んだの?

 どうして、彼は私の気持ちに気付いてくれなかったの?

 どうして、私を、私だけを見てくれないの?


 どうして、どうして、どうして、どうして、


 どうして、私がこんなにも想っているのに彼は振り向いてくれないの?


 ──私をあなたを愛しているの、だから『彼女』ではなく──




 私を愛して。




 カミラの心が黒く、汚く、染まっていく。


 ──愛に憎しみが混ざっていく。


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