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カミラが目覚めると、アーノルドの表面は前と変わらないが、内面は劇的に変わっていた。
カミラの意識がないうちに、彼の中で何かがあったのだ。そう、何かが。
おそらく、彼が変わるきっかけとなったのは、『彼女』で間違いないだろう。
でなければ、カミラに対するアーノルドの変化について説明がつかない。
──『彼女』はアーノルドの中でどのような存在だろうか。
彼の心からの笑顔を思い出す。ああ、そうだ。そうに決まっている。『彼女』は、アーノルドにとって特別な存在なのだ。──彼が本当に愛した存在、ああ、なんて羨ましい。
そういえば、アーノルドは少女にも同じ笑みを向けていた、とカミラはふと思い出す。なら、少女はアーノルドにとって何なのか? それはよくわからない。カミラから見て、少女に対するアーノルドの態度は常に友人に向けるそれだ。
なら、あの時カミラが見た彼の笑みは一体何だというのか。それも分からない。あの時、少女はアーノルドにとっての愛しい存在だと思っていた。それなのに、今、彼は『彼女』のことを想っている。
──ああ、分からない。何もかも、分からない。
分からないことだらけだ。彼のことが、全部。そういえば、自分はアーノルドの何を知っているのだろう。何も知らない。──これっぽっちもだ。
カミラは、アーノルドのことを今まで何も知ろうとしてこなかった。常に彼に対して心を閉ざして、恋人を演じてきただけだ。だから、カミラは好きになった人のことを何も理解出来ない。それが、ものすごく辛い。
彼が、自分を見て何を思っているのか知りたい。彼が、いつもどんな気持ちで自分の愛の言葉に応えているのか知りたい。
知りたくて知りたくてたまらない。
けれど、それは出来ない。
彼が見ているのは、『彼女』だ。──私ではない。彼の本当の気持ちを知る権利は『彼女』にこそある。
アーノルドのことで思考を巡らせれば廻らせるほど、カミラの心は蝕まれていく。
先生は言っていた。『彼女』は、常に自身の存在を周囲に肯定して貰いたがっていた、と。この今の状況があるのは、『彼女』が心の拠り所を彼に求め、それに彼が応えたということ。それが、彼が出した答え。
『──君を好きになることはあり得ない──』
その通りだった。彼は、今のカミラを愛することはなかったのだ。
カミラは、アーノルドの答えを知って胸が張り裂けそうになる。彼は『彼女』を想っている。けれど、今ここにその『彼女』はいない。いるのは──私。
それなら、
「ねえ、アーノルド教えて──」
――私は、どうすればいいの?
意識を取り戻した後、期待させるだけさせて、そして叩き落とされたのだ。カミラは、ただ、ぬか喜びをしただけ。それからというもの彼の隣にいるだけで、真綿で首を絞められるような苦しみを味わうことになる。
カミラにとって結局は、これまでと同じ。変わったのはアーノルドを含めた周囲だけであって、カミラの中では何も変わっていなかったのだ。
今は、地獄だ。天国とみせかけた、実は性質の悪いぬるま湯のような生き地獄。カミラは何も出来ずに、ただ彼の愛に応じ続ける他ない。
それは、アーノルドの傍に居続ける限り味わうことになる。
けれど、自分に愛が向けられていないと知っていても、今の彼女は壊れることはない。破滅は他人さえ容易に巻き込んで不幸にしてしまう。そして、その不幸は連鎖的に広がっていく。もう、誰かが不幸になるのは見たくなかった。
不幸は、自分だけでいい。もう繰り返さない。
だから、逃げるのではなく耐えるのだ。たったそれだけで、ハッピーエンドが壊れることはない。
それに、カミラはアーノルドを愛している。その愛は紛うことなく本物であるし、その事実は覆らない。だから、どれだけ辛くても苦しくても泣きたくても、愛している彼のためになら、いくらでも事を為そう。
──そしてアーノルドは、カミラの気持ちを知ることなく相も変わらず本当の愛を囁く。対してカミラも本当の愛をアーノルドに返し続ける。
けれどカミラの愛は彼には届かないし、彼の愛もカミラに届くことはない。どちらも一方通行の押し付け合いだった。
それの繰り返し。