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「――やっと、今日の分の仕事が終わりましたね」
大きく一つ息を吐いて、少女は言う。
「……一時はどうなるかと思いましたよ、本当に。何とか新しく書類を用意してもらいましたけど、先生方から滅茶苦茶怒られて……はあ、疲れました」
肩を落として生徒会室を出ると、少女は廊下を進む。彼女の近くを歩くのは、アーノルドとカミラだ。
「ごめんなさい、私がいけなかったの……」
「いや、君は悪くないさ。俺が、注意していないと駄目だったんだ」
「いいえ、私が悪かったの」
「いや、俺だ」
「私よ」
「俺だとも」
そして言い合う二人は、少女を見つめる。
「……それで、次に何でこちらを見るんですか。もしやその流れで私が悪いと言えと?」
「――違うの?」
「どうして!?」
少女はまたもや叫ぶ。
「君は何も思うところはないのか? おいおい、連帯責任だと言ったのは君だろう」
「あなたがそんな人だなんて思わなかったわ。私、悲しい」
「何故か私が悪者扱いされてるんですけど……もういいですよ、私が悪かったです。はい、これでいいですね?」
そんな他愛もない会話を交わして、三人は寮へと帰るため足を進める。
時間はすでに夕暮れで、日が暮れるのにそう長くはかからない。生徒は誰も残っていない、がらんとした人気のない校舎は驚くほど静かで寂しげだ。
突然、カミラはふと足を止めた。
「……ごめんなさい、その、二人で先に行っていてくれないかしら?」
「どうしたんだ、カミラ? 何か私用でもあるのか? 良ければ付き合うが」
「いいえ、アーノルド違うの。その……」
言いづらそうにして、カミラは少女に目配せをする。少女はそれだけで、カミラの様子を察したのだった。
「はい、分かりました。ほら行きましょう、アーノルドさん」
「いや、俺は――」
食い下がろうとするアーノルドに対して、少女は無慈悲に言う。
「アーノルドさんはデリカシーというものがありません。いいから行きましょう、アーノルドさん。――それだけしつこいと、カミラさんに嫌われても知りませんよ」
「なっ、それは困る……カミラ先に行っているから、嫌いにならないでくれよ!」
少女の言葉にアーノルドが悲痛な顔する。
「心配しなくても嫌いになんてならないわ、後からおいつくから」
「ゆっくり行きますから、すぐに追いつけると思いますよ」
「……ありがとう」
少女は「いえいえ」と答えて、アーノルドを引っ張っていく。
廊下の角を回って二人が見えなくなると、カミラは手近な教室へ入り、中に誰もいないことを確認すると鍵をかけた。
そして、
「耐えないと……私が……そう、これくらい、なんてことないわ……」
取り繕っていた緊張の糸が突然切れたように、顔を手で覆ってカミラは泣き崩れるのだった。
寮まで我慢することは難しかった。今日は、いつもより多く微笑みかけられ、いつもより長く彼と接していた。
ようやく、カミラは偽物の自分から本物の自分に戻る。
一度堰切れると、際限なく感情があふれてくる。
次第に泣き声に嗚咽が混じる。胸が締め付けられるように痛くて、とても苦しくてたまらない。
つらい、辛い。
彼女は誰にも涙を見せない。隠し通すのだ、絶対に。
あの時のようにカミラはもう、逃げるつもりはない。感情を暴走させて、破滅するつもりもない。
逃げるのではなく耐える。誰にもできる簡単なことだ。
それだけで、幸せはあちらからやってくるのだ。たとえ、それが自身が望まない幸せだとしても。
皆が喜んでいる。なら、それでいい。それですでに納得している。
けれど、カミラの心は蝕まれていく。より広くより深く。
それでも、彼女は逃げない。
自分の愛情は本物だ。自分はアーノルドを愛している。だから、彼のためなら何事であろうとへっちゃらなのだ。だから、まったく大したことはないし、どうってこともないのだ。
そう何度も何度も自身に言い聞かせて、彼女は耐えることを望んだ。
けれど、流れる涙は止まらない。
放課後の静寂が支配する校舎内――教室の一つからすすり泣く声が聞こえてきた。




