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少女と先生の話を聞いてからというもの、カミラは二年間の空白にいたもう一人の自分らしき存在について調べることに決めた。
少女の話を聞いて衝動的に駆け込んでからその後、何度か医務室に足を運んでいると、先生が、「正直ややこしいから、二年の空白の間のカミラ君を『彼女』と呼称しよう」と提案した。二年間存在したカミラは、今のカミラの別人格なのか、それともまた別の何かなのか。正体については皆目見当もつかないが、とにかく、一応は区別をしておいた方がいいと言われ、カミラはそれに頷いたのだった。
そうして、情報収集をいざはじめてみると、『彼女』についての情報は拍子抜けするほどにいとも簡単に、それも大量に集まったのだった。『彼女』は、人前に姿をさらす機会が多かったというのもあるが、何より情報を集めるために用いた「副会長」という地位が、相応の権力を発揮したからだ。
大多数の生徒に質問を投げかければ、その全員が内容に関して何の疑問を持たずに素直に応答する。それだけで『彼女』が、随分と他人から信頼されていたことを実感する。
カミラは、『彼女』自らが勝ち取って得た地位を自分の都合で勝手に利用することに罪悪感を抱いたのだが、しかしそうも言っていられないのも事実だ。躊躇いはしても後悔するつもりはない。
カミラは、アーノルドには決して悟られないよう、細心の注意を払いながら、情報を収集するのだった。
♢♢♢
集まった情報を確認する。
――座学の成績は常に首位、乗馬の大会で優勝を果たす、主催で大規模な茶会を開く、学祭で演劇の主役を務める、絵画の技術において専門の教師を上回る、幾人もの不良生徒を改心させた、ファンクラブがつくられる、学園内に侵入した熊を頭突きで撃退した、等々。勿論、少女から聞いた話も出ている。『彼女』に関する情報は現実的なものから突飛で信憑性の薄いものまで、実に枚挙に暇がなかった。
話を聞いている内に段々と頭が痛くなるカミラだったが、そこは何とか我慢する。
そして集めた山のように膨大な情報の詳細をまとめて分析し、判断した結果、
驚くべきことにカミラが有していない才能や能力を極めて高い水準で『彼女』は持ち合わせていた。
そしてとりわけ重要な事柄として『彼女』は、カミラを模倣していたが、その模倣に用いたとされる人物像は、ほぼ生徒たちに広まった噂が元となっていることが、調査を続けて判明していったのだった。
それは、それなりに優等生であった時から、悪役となっていた時のカミラの印象をごちゃ混ぜにしたような人物像となっている。噂はあくまで噂だ。事実と比べて捻じ曲がっているし、どこか芝居臭い。
おそらく『彼女』は、病院で聞かされた「貴族」としてのカミラの印象を参考にしていたようだ。次に学園に来て、すでに広がっているカミラの「悪役」振りを知ってさらに模倣の幅を広げたのではないか。そう推察できてしまう。
──『彼女』は、カミラという会ったこともない人間を本物らしく演じようとしていた。
だが、カミラを詳しく知る人物……現在は自分しかいないが、『彼女』が演じるものを「これは、本物のカミラらしくない」と内心否定する。正直本人からしてみれば、偏見を除かずとも「何だこれは」とさえ思ってしまうおかしな人物像なのだ。だが、残念ながら学園内ではカミラと非常に親しくしていた人間は、ほぼいない。貴族の付き合いは表面だけの浅いものが多かった。
ゆえにカミラをよく知らない者にとっては、本人よりも一層本人らしく思えただろう。先生が、『彼女』を自分に瓜二つだと思ったのも納得である。
カミラは断言する。誰が何と言おうと、自身の中で唯一確実に分かったことを。
「二年間の空白にいたカミラは──『彼女』は少なくとも──私ではない」
仮にそれが、本当のカミラ自身なら決して本物らしく演じようとはしないからだ。
――本物らしく演じようとするのは、己が偽物だから。
カミラとアーノルドの二人は、偽物の愛をあたかも本物らしく演じていた。ゆえに第三者は、彼らが本物よりも本物らしく見えていたことだろう。伊達に甘々カップルと呼ばれてはいないのだ。学園内に知れ渡るまでに悪役令嬢を演じた際もしかり。
ゆえに、演技力に関しては折り紙付きだ。勿論、それを見抜く力も。
カミラは安堵しながら溜息を吐いた。幸か不幸か、自分が偽物ゆえに『彼女』を知ることが出来たのだった。