2 眠りし宇宙人
ヒカリに連れられて廊下を進む。
昔友達がやっていたRPGのお城ステージよりかは少し小さいだろうけれど、それでも十分な大きさだ。
もしかして、彼女はお金持ちなのだろうか。いや、聞かずともこの大きさを見れば判ることなのだけれど、何となく聞いてみた。
「あんま良く知らないかな。あたしはお金に興味ないし、親にもそんなに関わりたくないし」
「そうなんだ。でも憧れるよ。こんな所で暮らせるんだもん」
素敵な場所だなと思う一方で、親に関わりたくないと言ったことに若干の不思議を感じた。
「良い事だらけじゃないよ。まれに泥棒が入ってくることもあるし。広すぎて部屋の行き来が大変だし、面倒。しかも飽きるのよ」
彼女は逆に、そんな家を退屈と感じていた。住み心地というものが、あまり感じられないってことか。大きければいいってものじゃないんだ。
少なくとも僕は自分の家に満足しているし、それ以上良いものを求めるのは邪道かなと思う。
「ほら、着いた。救護室よ」
何で家にそんな部屋があるんだ。僕はそう心の中で思った。
どうやらバツが悪そうな表情をしていたようで、彼女はそれを察して理由を答えてくれた。
「この街って大きな病院が無いでしょう。だから重病者はこっちが引き受けてるのよ」
「知らなかった……」
重病になったことが無いから、良いことなのだろう。でも、次から次へと自分の知らないことが浮き彫りになってくることに、心底呆れていた。こんなに世間知らずだったのか自分は。
「さあ、どうぞ」
「……うん」
彼女が扉を開いてくれた。
さあ、いざ入るとなると若干緊張する。あの子が目覚めていたら何を告げよう。何を話すべきか。自己紹介? いやいやそんなことではないはず。
ワタシガタスケマシター!
それも違う。何をしてあげるべきなのかもわからない。
誰かを助けようとしたのは初めてだったし、これからのことが思いつかないや……。
というか、一日でそこまで回復するわけもないだろうし、もう少し肩の力を抜いていいのかもしれない。
「どうしたの?」
「いや……何でもないよ」
深く深呼吸……。
僕は意を決して中へと入っていった。
中には布団に横たえている少女と、そして……。
「ああ親父。来てたのね」
ヒカリのお父さんらしいその人は、なんというか「おじさま」という表現が似合いそうな人だった。
年季の入った顔の濃さと、何よりも無精髭が、余計にそれを感じさせた。
「重病者が居ると聞いてな。すっ飛んできたぞ」
「はいはい。で、病状はどう?」
「私は完全な医者ではないからな。断言はできないが、きっと大丈夫だろう。呼吸も安定している」
良かった。それを聞ければ安心だ……。
「そうだ。きみが夜天君だね。話があるんだ。後ほど改めて話がしたい。しばらく待機していただけるかな?」
「ええと、家族へ連絡しないと」
何よりその心配が大きい。昨日の夜から今にかけて、僕は何も言わずに家を飛び出しているわけだ。下手をしたら行方不明の扱いにもなりかねない。せめて連絡だけはとっておかないと。
「心配は無用だ。しっかりと連絡は取ってある。親父さんも変わらんようで何よりだ」
「父さんを知っているんですか?」
「悪友みたいなものだよ」
ふっふっふと、彼は遠くを見ていた。一体彼らには何があったのだろう。
「とりあえず、だ。我々は一旦退席させていただくよ。きみはしばらくその子の横に居てあげるといいだろう」
「はい、わかりました」
「寝込みを襲っちゃダメよ」
「わかってるよ」
二人は扉の外へと出て行った。
ああーッ! あそこは「わかってるよ」じゃなくて「するわけないよ」と答えるべきだった。これじゃあ僕にその気があるみたいじゃないか!
言葉って難しいな……。瞬時に選んで発さなければならないのだから。
そんな些細かもしれない悩みを抱えながら、横に居る彼女の手を握ってみる。
「あ、あったかい」
手と、そのうじうじした心をしばらく温めて、ゆっくりと彼女の側に居るのだった。