15 大きな壁
六十分が経過した。未だにベガの体調が戻ることはない。
あまりに不自然な変化であったし、食事が影響していることは間違いないだろう。
ならばと思い、天ノ峰家に連絡をしてみる。先日救急外来を受け付ける旨を言っていたし、それでどうにかなるだろうと思っていた。
だが、現実はそう甘くはない。
似た症状の病が存在するかどうかを問うも、診てみないことには解らない上に、医学の知識を有する者が出払っていたのだ。これではどうしようもない。
あの家って医者何人居るんだ。もしかしてヒカリの父さんだけってパターンは無いよな?
それよりも、ベガの体調が心配だ。遠方へ行こうにも、父さんが車を所持していないため、それも叶わない。かと言って、歩いて運び込むのは大変危険だ。リガルスと出くわした場合は最悪の事態になりかねない。こちらには「逃げる」という選択肢しか無い。
こちらに力のある味方が居れば話は別なのだが、それも居ない。
残った手段は、家での看病のみ。
「ごめんね、ベガ」
「…………。」
返事が無い、ただの屍のようになったベガは、ソファーの上で横たわっている。
目は開いているし、しっかりと瞬きもしている。が、恐らく無意識だろう。
どうにか楽にしてあげたくて、毛布をかけてあげたり、光を遮ってみたり、お腹を撫でたりしてみたが、全く効果は無かった。
ここまで来ると、どうしても、「死」というものが、頭をよぎってしまう。
それは、悲しくて、唐突で、理解しがたい、別れ。
……母さん。
そうだ、母さんは、原因不明の病に倒れて、そのまま死んでいったんだ。この国には解決する手段も方法もない。そんな悪魔のような病。
当時まだ物心ついて間もなかった僕は、正直「死」というものをあまり深くは理解していなかった。
けれど、母の死に目には会った。
当時は戸惑うだけだった。「一体、どうしてお母さん動かないの」って、ユメと手をつないで聞き合ってた。びっくりした。父さんは酷く泣いていた。
それから会えなくなったことに気が付いて、ずっとずっと泣いていた。
そしていつしかそのシーンが、一つの大きなショックとして心に残ってしまっていた。
歳を重ねるごとに、物事や概念が理解できるようになっていく。そして、それに相対するかのように、当時の出来事もより一層、色濃く理解できるようになってしまった。
普通ならば、嫌なことや苦しかったことは、段々とどうでも良くなっていくことだろう。
でも僕のこの記憶だけは、どうしてもそんな楽観的には捉えられない。苦しくて、悲しくて。
どうしようもないってことは分かってる。過ぎたことだってことも分かってる。でも、死は、未だに僕が認めることの出来ない大きな壁になってしまっているんだ。
ベガも、同じように死んでしまうのだろうか。
そんなこと、考えたくもない。
どうしてだろうな。
誰かに対してここまで真剣になれたこと、今まであったかな。
会ってまだ、数日しか経ってないのに、こんなに大切にしてる人、これまで居たかな。
それ以前に、僕らって、今までにどこかで会ったことがあるような気がするんだ。
別に、そんな気がするだけだし、本当はそんなことは無いんだろう。
だとすれば、良くミステリー関連のテレビで取り上げられる「前世」というもので、お互い会っていたのかもしれない。僕の記憶には無いわけだし、もしかしたらそうなのかもしれない。
「不思議だよね、本当に……」
聞いても、返事をする声は無い。
最早この子は、明るくて、眩しいベガでは無い。単なる抜け殻のようなものだろうか。
僕も同じく、抜け殻になってしまいたいような、そんな苦しい気持ち。
ベガには果たして見えているかわからない、そんな天井を、二人で見つめていた時だった。
玄関からチャイムの音が鳴り響いて来る。
「こんな時に……誰だろう」
ふらふらとした足取りで、玄関へと向かう僕。こんな時だ。正直出たくはないが、急用だった場合に困るだろうから、仕方なく。
だが待て。もし仮に、これが奴だったとしたら……。
そうだった場合を考えると、とても恐ろしい。
インターフォンをまずは見る。話はそれからだ。
少しでも頭が回って本当に良かった。そう思いながらインターフォンを見る。
そこに映っていたのは、緑色の長い髪をした、少女だった。
僕は一先ず安堵し、音声発信をする。
「はい」
『……ヒコの民を、探しています』
「……はえ?」
どこかで聞いたことがある声だった。




