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星屑の漂流者 下

「ん……」


 ぼやぼやとした視界。目を凝らして良く見ても、何だかもやもやとしてしまう。


 身体にまだ、上手い事力が入らない。


 一体何が起きているのか、中々頭に入ってこない。とりあえず分かっているのは、この目の前にある景色だ。

 なんか良く解らないけど、とりあえず目の前から煙が出ている。


 自分の身体から? いや違う。そうだったとしたら僕生きてないでしょう多分。幸いにも自分は生きていたのだ。何故かは分からないけれど。

 目の前からだ。待って、それさっきも思ったじゃないか。



 段々と、意識がはっきりしてきたような、そんな気がする。

 伴って明らかになる、流星が落ちた後の風景。辺りからは巻き上げられた土の匂いが立ち込めていて、不安な気持ちになる。こんな訳の分からない状況に遭っていて、そう思わない方が不思議だ。


 ようやっと身体が動かせた。


 周囲を見渡してみて、自分は吹き飛ばされてなどなく、先ほどまで居た場所であることは分かった。

 ただ、目前の一点だけ、一点だけが明らかに変わっていた。


 身長大ぐらいの穴がぽっかり空いていたのだ。煙はあそこから出ていだのか。

 隕石が衝突したのか。あの穴ぼこの正体は、恐らくクレーターだろう。それにしては随分と小さい気もするけれど、それ以外には考えられない。


 落下地点には何かがあるかもしれない。仮にそれが隕石だったとしても、持ち帰る程の価値があるだろう。一生の思い出になるだろう。


 不安な心に、興味が湧き出た瞬間だ。胸が躍ってきた。気持ちが高ぶってきた。


 その時だった。


「助けて……」


 いきなりだったために、ビクリと驚いてしまった。

 しばらく状況が飲み込めなかったけれど、ふとそれが苦しそうなうめき声だと理解する。さっきの少女より若干高めの……いや、でもこれまた少女のような声だ。あの極小クレーターの中心部から、その声が聞こえてきたのだ。


 まさかあの流星はUFOの類で、中に居た宇宙人が現れたのだろうか。


 更に心が躍るが、それと同時に、このうめき声に対する心配もあった。あんな速度で落ちてきた以上、致命傷も負っているやもしれない。そうなれば、早急な治療が必要だろうし、ここにはそんな設備もない。


 何にしても、ここは暗い上に遠いため、上手く中心を見ることが出来なかった。僕は駆け足で、クレーターへと向かって行った。


「誰か……誰か助けて……!」


 余程のことでなければ、このような絞るような声を出すことはない。こんなに苦しそうな声人生で初めて聞いた程だ。命からがらの声なのだろう。


「待っててー! 今そっちへ行くから!!」


 出来る限り安心を与えてあげた方がいいだろう。だから、走りながら、遠くからでも声をかける。

 それに安心したのか、それとも手遅れなのか。その後から声が聞こえることは無くなってしまった。



 そしてクレーターの付近に到着して、僕は気が付いた。これはデジャヴなのではないかと。


 そんな気がしたのだ。気にするほどのことでもないけれど、何だかこの場所で、同じように、流星を追いかけた経験をしたような気がする。

 どうしてだろう。また一つ、ミステリーだ。兎に角、何かの関連性か運命が作用しているような気持ちにさせられたのだった。考えすぎか。


 そんなことよりも、今は助けないと。

 さっとその小さな穴ぼこに目をやると、おったまげた。

 なんと、赤髪の少女が横たわっていたのだ。女子中学生にしては若干派手な、見たことがある学生服と短めのスカート姿だ。今は冬の暮れだというのに、寒々しい。

 星屑ヶ原は何故か暖かいからその格好でも過ごせるけれど、他の所だとそうはいかないだろう。


 宇宙人と言えば、頭でっかちの手足が短い、全身真っ白という、ザ・宇宙人をイメージするが、彼女はそうではない。見られる限りのその全てが人間と全く同じだった。

 もしかしたら宇宙人なんかではなくて、巷の女子中学生がここを通りがかって、運悪く衝突に巻き込まれてしまったのではないか。


 どちらの可能性もあるけれど、今はとにかく助けることが最優先だ。


 少女は苦しそうに、表情を険しくしている。痛みが身体を支配しているのだろうか。見ているとこちらも全身が痛くなってくる気もしてくる。


 もっと近づくと、彼女も僕の存在に気が付いたようであった。

 僕が手を差し伸べようと近付くと、彼女も必死に力を振り絞って、手を掴もうと必死だった。


「私……やっと……やっと、だ、よ……」


 希望に満ち満ちた目だった。今にも涙を流しそうな、そんな、とても感極まった表情だ。

 それだけ先ほどの流星の衝撃が凄まじかったということなのか。助けが来たことが、どれだけ彼女にとって救いであったのか。それを激しく感じさせられた。


「やっ……と……会、え……」


 でも、限界だったのか。彼女は僕の手を掴むことなく、そのまま意識を失ってしまった。


 不安になって呼吸と脈を診るが、どうやら大丈夫そうだ。単に気絶しているだけだと分かり、少しだけ安堵のため息が漏れる。かと言って重篤な状態には変わりは無いだろうし、急いで損は無いだろう。


 一刻も早く家へ連れ帰って、病院に運ばなければ。


 彼女に負担をかけないように、あまり体制を崩さないように、そっとお姫様抱っこをした。


「わ、軽い」


 少女は想像を絶する軽さだった。人間は自分より体重が重い人を重たく感じる特性があるらしいけれど、まさか若干痩せ型の僕よりも軽いなんて……。

 でもおかげで、運ぶのが相当楽になった。運が良かった。


 でもこれだとバッグが持てない。どうしようか。今更体勢を変えるのもかえってこの子の負担になるだろうし。


 …………。


 父さんには悪いけれど、カレイドスコープは置いて行こう。大丈夫。ここにはそんなに人は来ないし、荷物は置いといても、取られる心配は少ないだろう。これよりも、この子の命が最優先だ。


 どうしてだろう。助けたい思いは本当なのだけれど、それ以上の何かを感じる。この少女を助けたいと、心からそう思っていた。自分でも不思議なぐらい、この子に固執している気がする。この時だけでも、それを感じた。ただその一心で駆け足になり、星屑ヶ原を出て行った。


 だがしかし、そこに現れたのは、開けた通りやすい道では無く、行く手を阻む木々と、綺麗な道が出来ていない、まるで整えられていない、道とも言えない道であった。

 少女を抱えたままでは、通ることすらもままならないような、そんな道。

 おかしい、さっきはこんな道じゃなかったはずだ……。入ってきた道から出たはずだから、迷ったなんてことがあるはずが無いのに。


 でも、今は戻っている余裕なんて無い。ここを真っすぐ進めば間違いなく、ハイキングコースに戻れるはずなんだから。


 そうして必死に、草木を掻き分けて、木々を超えて進んでいく。




 ……それから何十分が経過しただろうか。ここは正しい道のはずなのだ。

 通って来ていた道なのだ。それなのに、なのに、以前とは違うような光景がずっと続いている。


 自分が今、本当に直進しているのか。それとも間違った道へ進んでいるのか。右も左も判らなくなってしまった。そして更に数時間が経過した頃ついに、僕の心も限界に達しようとしていた。



 きっと、この子と一緒にここで死んでしまうのではないか。


 この森は、人々の想像以上に深くて、抜けることすら危うい。

 そんな場所で迷子になってしまった以上は、どうしようもないのか。

 携帯電話も無ければ、方位磁針も持っていない。


 事実上の、詰み。人生の、詰み。


 身体中が汗まみれだ。心臓もバクバクしてきて、胃に穴が空いてしまいそうな思いだ。でも、これ以上はどうしようもない。自分に出来ることは、ほぼ全て、やり切ってしまった。


 身体の疲れはピークに達し、通ってきた樹海の中で倒れてしまったのだった。大きな叫び声を、大空に吠えて。

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