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私と賭けをしませんか?(上)

えー……今回かなり長いです

その代わり次回少々短いです( ๑´•ω•๑)


あとぬるめですが残酷表現あります



 目を閉じて気絶したフリをしている私の耳に波の音が届いた。一瞬空耳かと思った。


 βは私が隙を見せてすぐにやってきて、私の首を絞めた。なんて危険なことをするんだこいつは、と思いながら私は落ちた(・・・)ふりをした。

 ぐったりと倒れた私をβは担いで走り始めた。やはり想像した通り、こんな街中ではなくどこか落ち着いたところで楽しむつもりのようだった。


 それから数分後、私達は海の近くにいるらしい。元々海あり県にいたとは言え、たったの数分で波の音が聞こえてきた時には本気で驚いた。目を開けてもどうせβの背中しか見えないので確認はしないが、空耳というわけではないだろう。

 主達がすごく早く走れるのを見たことがある。走るというか、飛んでいるというかだけれど。建物の上をぽんぽん飛んでればこれだけ早く長距離を移動することは可能かもしれない。


 βがフッと足を止めた。一瞬遅れて降下していることに気がついた。どうやら目的地に着いたようだ。

 βは危なげなく地面に着地する。着地した際の軽い衝撃が彼女の背中を伝って私を少しだけ揺らしたことでそのことを知った。

 しかし、まだ目を開けるべきではないと私はひたすら目を閉じていた。

 波が砕ける音が先ほどよりよく聞こえた。たまに砕けた飛沫が顔に飛ぶくらいだ。ここから数歩歩いていけばきっと海に落ちるに違いない。荒々しい音は波が高いことを予想させる。どうでもいいなと自分で考えておいて、自分で思った。

 βが左へ一歩ずれる。それと同時に鉄と鉄が擦れたような耳障りな音が周囲を打つ。この時ばかりはすごい近く聞こえていた波の音も聞こえなくなった。

 その建物の中へとβは何のためらいもせずに入っていく。埃っぽいところだなと鼻がムズムズした。くしゃみするわけにはいかないのに。

 何とか堪えているとβが私を肩から降ろそうとしているのが分かった。私の体に緊張が走る。——上手くやらなければ。この先助かる見込みは格段に減る。

 βが私の体を床に落とす。今だ!!


ゴッ


 頭に遅れて体も床に落ちた。

 沈黙。

 私もβも動かないから、この場にあるのはくぐもった波の音だけ。

 暫くしてからβが繊細な手つきで私の頬に触れる。反応はしない。

 その手が肩に移動して軽く揺さぶる。私は反応しない。βの手が止まる。息を飲む微かな音が聞こえた。

 少々乱暴に、うつ伏せだった私の体をβが転がして仰向けにされる。そしてがっくんがっくん揺さぶられた。


 だめだよー、脳震盪起こした人間の体を揺さぶっちゃあ。


 その設定(・・)を忠実に守る私は一切目を覚まさない。思い切り瞼をぐいと引き上げられたが焦点の合わない虚ろな目をしておいた。焦ったようにβが私の小指を一本折った。

 っていや、ちょっと乱暴すぎはしない?

 意識がないか確認するための手段としては、とても非道い。そして痛い。とんだ鬼畜野郎だ。根っからのサディストらしいっちゃらしいが。

 だが、頑張って堪えたため私は眉一つ動かさずに済んだ。

 全く反応して見せなかった私にβは本格的に焦ったようだった。私の頬を叩いたり、肩を掴んで揺さぶったり。

 だから、駄目だって揺らしちゃ。

 「ただの屍のようだ」という表示が出てくれれば簡単に諦めてくれるだろうに、と頰をペチペチ叩かれながら思った。

 ああ、床に思い切り打ち付けた額が痛い。


 数分後、βはそっとしておいて経過を見るという手法に切り替えたようで、私に無闇に触らなくなっていた。

 それが正解だよ、と上から目線の私は心の中でほくそ笑む。

 βにこうしてもらうために、ノエルにわざわざβを見に行ってもらったのだ。計画は今の所上手くいっている。



 ——主は私を側に置かないと決めた。

 それは主が庇護できない状態でもある。そのことに今回気付かせるために私は攫われることを計画した。


 私はか弱い存在で、貴方が守っていないと簡単に死ぬというメッセージを込めたつもりだ。

 私が主にとって未だに主の所有欲を掻き乱すような存在でいられているのなら、きっと主は助けにくる。

 もしあの女子高生の言う通り、私を餌としか考えてないわけではなく、他の感情も混ざっているのなら、もしそれが恋情であるというのなら尚更のこと。

 ノエルに私の危機を知らされた主はきっと悩むはずだ。助ける()きか否か。

 そして、助けると決めたならきっともう私を手放すことをしないはず。手放せばまた同じようなことが起きると簡単に予想できるのだから。


 わざわざ『お前はもう自由だと、吸血鬼に拘る必要はないと——人間の中で生きろ』と遠ざけた人間をわざわざ助けるのは主にとって愚行でしかない。

 もし私を助けるというのなら、きっと主はもう私を側から離さない。私を自分の下で飼い続けるだろう。何故なら主の近くが考えられるすべての場所で一番安全な場所だからだ。

 主は愚かじゃない。今回私を助けると決めたならばその瞬間に主は私のことをそばに置く覚悟を決めるだろう。私を、葉月をこのまま危険な環境に置いておくことはできない、と。

 しかし、それは自由なのだと手放した私を再び檻の中に押し込めることになる。きっと私が老いて主が私の血を飲むことがなくなっても、側から追いやられることは無いと思う。

 しかし、それは同時に、本当に自由が無くなる事も意味している。

 主の餌として、女としての喜びを見出すこともなくただ老いていくだけの存在。

 それが主にはできなかったから私を手放した。そのことは私もよく分かっている。私のためだという主の言葉に偽りはない。

 ここに至るまで何度も悩んだ。

 主の優しさを裏切ってもいいのだろうかと。

 主の側にいては得ることのできない幸せがあるのは事実で、そして私には必ず不幸が訪れることも理解している。

 だが、主の顔を見た瞬間にそんな悩み全て吹き飛んだ。

 その胸に飛び込んでしまいたいと、膝の上に抱き上げてほしいと、どうして自分は今ここに立っているのだと、何度も不思議に思った。

 私の居場所は主の側しか無いのだとその時自覚した。


 結局のところ、主が私に恋しているかどうかなんてどうでもいいのだ。単純に主の側にいたい。

 何度悩んでも私は最後にはそこへ戻ってくる。

 主の手が好きで、腕が好きで、目が好きで、声が好きで、不器用ながら見せてくれる微笑みが好きで、分かりにくい優しさが好きで。

 主に問われて一瞬考えてしまった一人で過ごす寂しい老後。女の盛りを過ぎた瞬間に捨てられる惨めな自分。それを差し引いても、今、私は主のそばにいたかった。


 そもそもあんな憔悴した顔を見せられて、我慢できるわけが無い。私がいなくなったせいでそんな顔をしているの?と自惚れるくらいには、主の大事な存在であった自覚はある。

 隈のある目元を見て、その表情をさせているのは自分なのだと、仄暗いながらも喜びを感じた。


 しかし、主は私を見ただけじゃ連れて帰るなんて言ってくれなかった。部屋から退出する時、一度も私を見なかった。

 主はここにいる方が私が幸せになれると本気で信じている。本当はそうでは無いのに。


 だからこその賭け(・・)だ。

 私が主の側にいないことで危険に晒されていると知った時、主がどのような判断を下すのか。

 “自由がなくとも自分の元にいる方が葉月は幸せになれる”と主が思ったら私の勝ち。反対に“死んだとしても自分が手を出さない方が葉月は幸せになれる”と主が思ったり、もしくは間に合わなかったら私の負け。

 その賭けに勝つことさえできれば、私は主の側にまた戻れる。

 だが、負ければ私を待つのは最悪——“死”。

 その賭けの代償は恋という不確かな感情のためにはあまりに重い。だが、私はその恋に生きるととうに覚悟を決めた身だ。生か死か。重すぎるはずの代償も私にはちょうどいい。

 一世一代の賭けに相応しいじゃないかと、私は思うのだ。



 そして私は賭けに成立させ、そしてそれに勝つためにこの三日間様々な手を打った。

 昨日、ノエルからβと会ってきたと報告を受けた私は、血を染み込ませたハンカチを斗真の家から近い道端に落とした。因みに新鮮な血液。βならすぐ気付いただろう。その日の夜、私は包丁で指を深く切った。私がどこにいるのか教えるために。私の居場所を知らなければ攫うことなんてできるはずがないのだから。

 痛かった。すごく痛かった。が、目的のためには些細な犠牲だ。


 βに会ってきてほしいとノエルに頼んだのにもちゃんと理由がある。

 ノエルがβの前に姿を現した時、βは考えたはずだ。ノエルは私を守るためにβを排除しに来たのだと。

 しかし、ノエルはβを見るだけで殺そうとはしなかったはずだ。

 何故なら私がそう頼んだから。

 私を守るはずのノエルが、βに遭遇したにも関わらず殺そうともせず立ち去った理由についてβは大いに悩んだはずだ。

 βは普段はもっと警戒心が強く、ほんの少しでも危険だと判断することがあればとっとと逃げるらしい。だからこそ今まで死なずに生き残っていると言える。

 それが彼女は私の血を前にするとその慎重さを捨てているようだった。何が何でも私の血を飲みたいのだろう。一度姿を表したら数十年は現れないはずだと聞いていたというのに、主達から私が離れた瞬間にこれ幸いと日本にまで追ってきたのがその証拠だ。

 そして日本にやってきたβは獲物が無防備であることを知った。獲物の護衛だと思っていた奴はβの邪魔をしようとしなかった。獲物が厄介な庇護者の手から完全に離れたと結論を出した彼女は、私を攫った。

 そして今、彼女は私の予想した通り、すぐに私の血を飲もうとしない。

 何故なら私を助けに来る奴はいないとβは確信しているから。


 βに無事(・・)攫われた瞬間はホッとしたものだ。むしろよく動いてくれたと、立場も忘れて彼女を褒め称えたいぐらいだった。堪えたけど。

 正直、主が日本にいる間はβも動かないと思っていた。その時のことも考えてはいたが、なかなか面倒だったのでβが動いてくれて本当に良かった。

 ノエルにはβに会ってきたと報告を受けてから主に私が攫われたことを伝えに行くまで一切近付かないように言いつけておいた。もしここで気取られたらいくら私の血が飲みたくて仕方がないβであろうと恐らく警戒する。

 誰も私を助ける人がいないと知っていれば、急いで喰べることも無いだろうと予想していたがその通りだったようだ。

 βが苦痛を感じている血を美味と感じるのはノエルからスヴェルドルフにいる時に聞いていた。そういう輩がどのようにして人間を喰うか私は知っている。最初に襲われた時がそうだったからだ。

 彼は甚振って甚振って、それから私を喰べようとした。時間さえあればβもそうするはずだ。

 しかし、今私に意識はない。甚振った所で苦痛を感じることもない。どうせ時間はある。こいつを助けにくる奴は誰もいない。ならば目がさめるまで待ってもいいだろう。最高級の獲物は最高の状態で。

 きっとβはそう考えるはずだ。

 要は時間稼ぎだ。

 ノエルが戻ってくるまでの。

 ノエルにはβにバレないように後をつけてもらい、私が連れて行かれた場所を確認してから主を呼びに行ってもらった。たとえ主を連れてこれなくても、ノエルは助けに来てくれるのでそれまでこのまま横たわっていればいいだけだ。

 そして、その通り彼女は私の元から離れた。気配を探るに入口の方へと動いているようだ。つまり、私に彼女は今背を向けている。


 ——今しかない。


 私は目を開ける。

 私が寝かされていたのは巨大な倉庫のような場所だった。隅には箱があったり、鉄くずがあったり。

 窓は遠くの方にいくつかだけ。思った以上に明るい室内を見てそういえば今日は満月だったと思い出す。月の明かりに照らされて白く浮かび上がる埃の積もった床は、長年使われていなかったことを示している。

 きっとこの建物の周りも似たようなものだろう。確かにここなら誰にも気付かれることがないだろう。いくら悲鳴を上げたところで波がその声を掻き消してくれる。流石に抜かりない。

 音を立てずに静かに立ち上がる。そしてそのことに気付いていないβに背後から襲いかかった。ほんとうに主に術をかけてもらっていてよかったと思う。もしかけられていなかったら、きっと匂いの接近で奇襲に気付かれていただろうから。

 私はβの脇から腕を差し込み羽交締めしてβの動きを一瞬制限した隙に、βに思い切り体重をかけて足を持ち上げる。その足を彼女の胸のあたりに絡みつけさせて、体を引き起こすと、両肩の関節をもう一度極め直し、そこから力をさらに加えて肩関節を両方とも外してやった。そして素早く肩の腱に太腿に隠し持っていたナイフを突き刺す。

 くぐもった声がβの口から漏れる。

 そしてだらんと落ちる彼女の両腕。脱臼、腱断裂というダブルパンチを食らわせてやったのだ。そうすぐに動かすようにはならないはずだ。

 しかし私の目的はそれではない。

 腿に再び手を回して輪状のそれを腿に固定するために縛っていた細い紐を爪で切る。そしてずるりと取り出したものは、二つの、皮のようなプラスチックのようなベルトの間に、直径二センチ程の鉄の棒がついている不思議な道具——いわゆる拘束具というやつだ。SMプレイで口に嵌めて使うような。これが私の切り札だ。

 暴れる彼女の口にその鉄の棒を当てると思い切り後ろにぐいと引っ張った。口の脇の肉を巻き込むように押し込むのを忘れない。そしてその輪が絶対に動かないように限界を超えた所まで、情け容赦なく引っ張った所で、頭の後ろで留め具、というか南京錠を嵌めた。


 それを留めた瞬間、βが後ろに思い切り倒れこむ。彼女の背中に抱きついていた私には一溜まりもない。コンクリートの床と彼女の重み、そこにスピードが加わればそこまで筋肉のない私の肋骨は細いプラスチックのように呆気なく折れた。ボキンと肺の上辺りで響いた嫌な音。同時に突き刺さるような痛みが体を貫く。


 彼女が私の上からどいても、私はその衝撃のせいで転がったままそこから動けなかった。

 今までだったらマズイとどうにかして起き上がっていただろう。だが、私はβが私に襲いかかることはないと知っていた。

 顔だけ動かしてβを見る。彼女は一心不乱に口に咥えさせられた棒を噛もうとしていた。だが巻き込まれた頬の肉が邪魔で上手く噛めないらしい。閉まらない口から唾液が顎を伝って、床にたくさんのシミを作っていく。


 間抜けな顔になったβに高笑いしてやりたい気分だった。

 この場にノエルがいたら笑顔でハイタッチを交わしていただろう。まぁ、恐らく、ノエルは複雑な顔をしていると思うが。

 βは鉄の棒を噛みちぎることを諦めて、それを口に固定する革をどうにかする方針に切り替えた。

 必死にその革を引きちぎろうとしているが、そう簡単にはいかないのはノエルに付き合ってもらった実験で確認済みだ。

 拘束具を固定するるために使っているのは電車のつり革だ。昔テレビで実験をしていたのだが、電車の吊り革は三〇〇キログラム以上の負荷にも耐えられるらしい。それだけの耐久性があれば吸血鬼の腕力を以ってしても簡単には外れまい。

 その耐久性を信じてわざわざ実際の吊り革を購入したのだ。βの頭の大きさの細かい数値がわからなかったので、嵌めやすく、また、ぴったりと頭に固定されるよう色々弄ったが本来の耐久性は損なわないようにしてある。

 躍起になって引きちぎろうとしている彼女を見ているだけでも作り直した甲斐があったというもの。

 彼女は側頭部分の革と頭の間に指を入れようと必死になっていたが、指を入れる隙間が無いと分かると後ろの留め具部分に手を伸ばす。

 因みに革と革を固定しているのは輪の間にギリギリ指が二本入らない南京錠を選んだ。入りそうで入らない錠にイライラすればいいと思って。私の指は結構細いので私で入らなければ、βでも入らないはず。その考えは当たったようだ。大きさもそこそこ大きいので耐久性もバッチリ。横から引っ張っても指がその穴の中に入らないからそう力は発揮できない。つまり、簡単に壊せない。

 βがイライラしているのが手に取るように分かる。

 予想以上の成果に私はこみ上げる笑いが止められなかった。

 これらの道具はすべてネットで買い集めた。一気に大量に、ダメだった時のことも考えて様々な種類のものを。急いでいたため即日配達を選んだ。届くのはすごい早かった。

 すごいよネット通販、すごいよプラ◯ム会員。たった一度しか宅配しないにも関わらず割高な年会費を払った甲斐はあった。


 βが私を睨む。しかし、本当に間抜けな顔だ。

 今度こそ笑うのが堪えられなかった。笑う代わりに咳き込んだが。というか息がし辛い。

 呼吸をする度にひうひうと嫌な音がするのだ。最初は小さな音だったのに、今ではそれは割りかし大きな音になっている。胸もどうしてかとてつもなく苦しい。息を吸っても、いくら吸ってもその息苦しさが消えない。むしろ、さらに苦しくなる。

 心なしか胸の辺りが大きく膨れているような気がする——そう思った瞬間喉の奥から何かがせり上がってきて思い切りむせた。肺が痛いのに止まらない。

 自分の身に一体何が起きているのだろうと目を開けた私は、コンクリートの上に飛んだ血の跡に目を丸くする。

 震える腕で自分の口元を拭えば、僅かながらも血がついた。それがどこから来たものか、分からないはずがない。

 折れた肋骨がどこかを傷つけたのだろうか。それが胃などならまだいい。もし肺に刺さったりしていたら——

 

 ぼたり。


 頬に何かがかかった感覚で私は顔を上に向けた。いつの間にきたのか、そこにいたβに驚く声も上げられなかった。

 βの瞳がギラリと鈍い輝きを放つ。彼女の口から垂れた唾液がぼたぼたと私の顔に落ちては濡らしていく。

 フーフーと絶え間なく呼吸を繰り返す彼女は明らかに正気を失っていた。

 綺麗に元に戻った彼女の両腕が私の白い髪を根元から掴む。

 彼女は私を噛むことはできない。しかし、首を落としてその断面に口を這わせば私の血を味わうことはできるだろう。

 そして、今私はそれに抵抗する術はない。

 下手を打ったと後悔してももう遅い。

 その時私は死を覚悟した。

 なのに、私が大好きな人はここにいない。私を助けには来てくれない。

 ——そうか、と心の中が諦観の念で埋め尽くされていく。


 私は賭けに負けたのだ。



 力を抜いた私の代わりに彼女の腕に力が込められていく。

 グッと。頭が上に引っ張られていく。

 首の辺りがみしみしと、通常聞くことのない音を立てて伸びている気がした。

 いよいよ、これまでかと私は血の味しか感じ取れない舌を歯で挟む。首を引き千切られて死ぬくらいなら舌を噛んで死にたかった。


 ぶちりと首から何かが千切れる音がする。恐らく私の皮膚だろう。

 本当の本当にもう最後。大逆転もここからじゃ無理。

 私は自身の運のなさに軽く失望しながら顎に力を入れる。歯が柔らかな舌に食い込むのを感じながら目を閉じて。


——ブツッ


 そんな音がした。


お知らせです


完結までようやく目処が立ちました……

残るところ今日の分は除いて5話です

なんとか今月中に終わるぜ…… _:(´ཀ`」 ∠):_

今日から毎日連続で投稿していこうと思います


ここまでお付き合いしてくださった皆様、あと少しですが最後までよろしくお願いします((。´・ω・)。´_ _))

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