白昼夢、を見たようです(中)
「その二つについての詳しい説明はややこしいので省きますが、呪は知識があればできます。ですが、術の方は素質も必要となります。吸……あれの中には大昔に生まれた為にその素質を持つ者もいると聞きますので、あなたの近くにいた方もその類なのだと思います」
「私にかけられてる術ってマズイの……?」
いい意味合いには聞こえないけどと告げると、彼女は簡単に否定した。
「この術はあなたを守るためのものですよ」
「……どういうものなの」
「強いて言えば、守護、みたいなものでしょうか」
「守護?」
鸚鵡返しをする私にはそうです、と彼女は頷く。
「貴女の匂いを覆い隠すような、そんな術がかけられています。恐らく他のきゅうけ……あれから貴女を守る為にしているのだと思われます大量出血をしない限りあなたの血の匂いに気付かれないかと」
素直に驚いた。そんなことが可能なのかと。
きっと私の表情からそのことを読み取ったのだと思うのだが、彼女はさも簡単そうにできるんですよと言った。
「じゃあ、なんで今まであんなしなくていい苦労を……」
そんな簡単ならかけてくれればよかったじゃんー……と主に向けて恨み言をうだうだ言っていると、女子高生が苦笑した。
「これ一つかけるのにかなりの体力と気力が必要なんです。恐らく寝ずに七日はかかってますね」
「な、なのか……?」
全然簡単じゃない。
いくら主が吸血鬼で睡眠が殆どいらないとはいえ、三日に一度はそれなりに寝ている。
「……そのせいで一週間も空白があったのか……」
今更ながらあの時のタイムラグの理由に気がつく。
「この国にあれは殆どいないのですが、それでも貴女ほどの香りがすれば付近から釣られるのも出てきますからね……それを危惧したのだと思います」
彼女が嘘を言っているようには思えなかった。女の勘だが。
しかし、そう簡単に信じられるものでもなかった。
「私を守ったところでなんのメリットもないのに……」
私はもう主に血を与えることはできないのだ。
主はなんのために私にそんな術をかけたのか。
別に餌でもなんでもない今の私を守る必要なんてない。
本当に私の幸せを願ってのことなのか。
主の最後の言葉を思い出す。それは、私には残酷なものでしかなかった。
「……外でお話ししませんか?」
それは女子高生の提案だった。
せっかく連れてきたのに申し訳ないのですが、と彼女は気遣わしげな表情を浮かべる。
「ここではあまり、声に出せないでしょう?」
それもそうだ。私はその提案に頷くと、店から出るために席を立った。
「それで、葉月さんはどうしてその吸血鬼の方と一緒にいないのですか?」
人が周りにいなくなった途端に投げかけられたストレートな問いに、私は苦笑しながらも答える。ここで隠し立てをしたところで何も始まらない。相手が私と十歳近く離れていたとしても、それは今更些細な問題でしかない。
「捨てられたの。契約は終わったからって」
掻い摘んで今までの経緯を話す。彼女が聞上手だったせいもあるだろう。斗真には言えなかったこともすべて話した。
「葉月さんは吸血鬼に恋をしてしまったんですね」
「……不毛だって、思う?」
「いいえ、素敵だと思います」
私もずっと不毛な恋をしていたので、と彼女は言った。
その瞬間、何度か感じた不思議な感覚が私を支配する。彼女を見ていると、度々とんでもなく大人のように見えるのだ。まだ社会にも出ておらず、恋愛だってごっこ遊びのようなものしかしていないはずの高校生が。私よりも遥かに長く生きた人間のような、そんなチグハグとした印象を受ける。
彼女はそれを消すと魅力的な笑顔でそれを覆い隠す。やはり私なんかじゃおよびもつかないなと、彼女の切り替えを見ながら思った。
「葉月さんはこの先どうするんですか?」
「どうする……って?」
「このまま日本でその方の言うように生きていくのか、それとも……?」
「……それとも、の先に選択肢があればいいんだけど」
無いから、この先に悩んでる。どうにかして選択肢を作ることができないかと足掻いてる。
しかし、自分でも分かっているのだ。そう近いうちに諦める日が来るってことぐらい。私なんてちっぽけな存在では、どうしようもできないことが沢山あるって分かってる。全ては無駄になるって分かってる。
それでも足掻きたかった。足掻かずにはいられないくらい主のことが好きだった。
「そうではないですよ、葉月さん」
「……何が?」
「できない理由を考えてはダメですよ。諦めた瞬間に可能性はゼロになってしまうのですから。諦めることを選択肢にいれてはダメです」
「……けど」
「諦めも肝心とは言いますが、今は諦めるべき時じゃないです」
カッと目の前が赤くなった。
「あなたに——っ!」
何がわかると言ってしまいそうになった。話を聞いただけでどうしてそんなことを言えるのか、感情のままに怒喚きたかった。怒鳴りたかった。
しかし、彼女の目を見たらそんなこと言えなくて、私は憤りをどうにかしてやり過ごすしかなかった。
そうやって、やっとのことで平常心を取り戻したというのにその灰色の女子高生は、私にぽっかり空いた傷口に指を突っ込んだ。
「分かりますよ?あなたの話を聞いていれば」
「話だけで全てがわかるはずないでしょ!?」
「全ては分かりませんが、その吸血鬼がお馬鹿さんだってことは分かりました」
「おばかっ……!?」
「お馬鹿さんですよ、自分のことを自分で把握できないお馬鹿さん」
彼女のあんまりな物言いに口が閉まらない。
「あなたの言うようだと……主様は、自分の意に沿わぬことをしているということになるけど」
「その通りですよ」
「……そんなわけないじゃん」
主はいつだってあの人の思う通りに物事を運んできた。特に私に関することは全て。
「だから、今私はここにいるんだよ……主の意思の通りに」
私と違って大きな権力を持つ主。彼にできないことがあるわけがない。今の結果に主は満足しているはずなのだ。
「……ですからお馬鹿さんだと言っているんですよ」
自分の心にちっとも気付かない。
そんなことを言い残して黒い豊かな髪を翻して彼女は前を歩いていく。少し悩んだが、私はその後を追いかけた。
隣に並んだところで彼女に合わせて歩き出す。
「葉月さんだって本当に諦めたわけではないのでしょう?」
言葉に詰まる私の持っていたバックを、彼女は軽く数回たたく。この中にある本のことを言っているのだろう。
「もし貴女が望むのであれば、あるお話をしますけれど」
この世界のどの本にも書かれていないお話です、と彼女は言った。
「とある方から聞いた昔話で……本当に物語の結末通りになる保証はありません。ですが、貴女の望むことを知ることはできるかもしれません」
貴女はそれを望みますか?と彼女は囁く。
「葉月さん、貴女の望みは?」
「——わたし、は」
彼女の大きな瞳は私に答えを言うことを躊躇わせなかった。
「あの人の側にいたい」
言葉にしたら胸の内が溢れた。
「私、あの人と生きていきたい。私が死ぬ時まででいいから、その先はあの人が何したって構わないから……自分本位だと謗られても構わないから、それでもいいから……私はあの人の側にいたい」
ほんの少しの慈悲がもらえればいい。哀れみでもなんでも構わない。とにかくあの人の下にいたい。
だが、それは今の私では叶わない夢だと知っている。
「でもね、色々理屈をつけて逃げられて終わりなのは分かってる……だから吸血鬼について調べてたの。何か私を有利にしてくれるものはないか、って探すために。例えば弱みとか。極端な話なんだけど。もし、ね?彼らを簡単に害する方法があるとするじゃない?それをネタに強請れないかなぁって思ったの……殺されたくなければ私をそばに置いてよって。それでも結局彼らを脅すことはできないて分かってたけど」
「どうしますか?私の話を聞きますか?」
「……教えてほしい」
彼女はそれを聞いて満足そうに笑って私の手を引く。エスコートをするかのように。
少々長くなりますが構いませんか?
そう灰色の女子高生は言った。
人気のない公園で私と彼女はブランコに座っていた。彼女は座るがいなやすぐに話しだす。心臓を落ち着ける暇もない。そんな私に彼女は驚くべきことを言った。
「一人の灰になった吸血鬼のお話です」
と。何の変哲もない顔と口調で。
彼女を凝視する。
「……うそ。でも、あなたがこんなんじゃ死なないって……」
「そりゃあ、銀の弾丸なんかじゃ死なないですよ」
ただでさえ落ち着きのなかった鼓動が段々と早くなる。
今私はとんでもないことを聞いているのではないだろうか。
ともすれば、得体の知れない高揚感に身を投じてしまいたくなる。だが、意識を飛ばすにはまだ早い。せめて、その方法を聞いてからではないと。
緊張で浅い呼吸を繰り返す私に微笑んで彼女は事もなげに言った。
「吸血鬼に惚れさせればいいんです」
目が点になった。
数秒後、ハッと我に返った私は今聞いた言葉を頭の中で何度も反芻していた。
惚れさせる?
え?……惚れさせる??え……?
「……惚れさせるって……恋愛、の?」
「そうです。人を愛すると吸血鬼は死ぬようです。意外とロマンチックな生き物ですよね」
くすりと笑う女子高生を私は凝視する。彼女にふざけている様子はない。
だが、彼女はありえないことを言った。吸血鬼が恋をするなどという、ありえないことを。
それは絶対に起こりえないと私は知っている。彼らは恋ができない生き物だと知っている。散々それで苦しんだのだから。今だって苦しんでいる。
「でも……吸血鬼は人に恋しない生き物だって……」
「人は普通人にしか恋しません。ですが、何事にも例外はつきものなんですよ?」
例えば、犬が猫に恋するように。彼女は言う。
「吸血鬼は元々人ですから、人に恋する感情は備わっているんです。吸血鬼としての人間は餌だという強烈な本能がそれを覆い隠してしまうというだけで」
家畜に恋なんてしたら私達とて餓死してしまいますからねと彼女は続ける。
率直な物言いなのに、そこに生まれる嫌悪感はなかった。
彼女の話は私に衝撃を与えた。ずっと、彼らは恋をしないのだから、と思ってきた。彼らと生きる未来を諦めてきた。
彼らが嘘をついていたとは思えないが、今目の前にいる彼女が嘘をついているとも思えない。
だが、それは実際に起こりうることなのか。あの人に私に恋させることは可能なのだろうか。
散々拒絶をされて諦めた私の疑いは尽きない。
「さて。何から話しましょうか……私もこの話をしたことがないのでどのように話せばいいか……」
「時間はあるから、全部話してくれると有難いんだけど」
それもそうですね、と彼女は頷く。
「……では、失礼させていただきまして、こほん、……『昔々ある所に』」
「それ絶対違うやつ」
これであってますよと彼女は笑ってから話し始めた。
——ある所に一人の男がいた。
その男は神の声を聞きそれを周りに伝達する役目を担っていた。
彼の言葉は絶対だった。
ある時は嵐を予言し、ある時は新たな技術を教え、またある時は罪を裁いた。
男の言葉に間違いはない。
男の周りにいた人間は、いつからか男のことを神の使徒様と呼び崇めた。男もそれを受け入れた。事実、男は神の言葉を聞いていたのだ。
男は最初人々を良い方向へと導く術を持つ自分を誇らしく思っていた。その誇りを軸に常に皆をよりよい暮らしへ導けるよう苦心していた。
しかし、時間の経過と共にその誇りは次第に形を変えていく。
皆を導くことができる自分への誇りが、崇められる自分への誇りとなった。そして驕りへと姿を変えた。ほんの小さな違いのようで、それはとても大きな違いだった。だが、男を崇める民衆はその違いに気付かず、男もまた崇められる心地よさに浸るが故に気付こうとしなかった。
それから男は一度の過ちを犯した。
ほんの出来心からだったと男は思う。
ほんの少し気にくわないことがあり、気に食わないことを起こした青年がいて、気まぐれにその青年に有りもしない罪を被せただけだった。
男の前から青年は姿を消し、そして再び青年に男が相見えた時、青年は人ではなくなっていた。
崩れて灰となった木々の上にあるのは青年だったもので——今はただの炭でしかないものだった。
青年の変わり果てた姿を見て男は自分の罪を知った。自分が不完全であったことを知った。
男は神に願った。贖罪をしたいと。青年に許しを得たいと。
神は応えた。
男は死ぬことのできない体を与えられた。生きていれば青年に再び出会えるだろうと神は言った。
しかし、男に与えられたその体は更なる罪を生むものだった。
人の命を、奪わなければいけないものだった。
“私は二度と誰の命も奪いたくないというのに
私の口は血に塗れ、人の命を啜る日々
人から希望を奪うことでしか生きながらえることのできない浅ましい化け物
何故、このような体をお与えになったのですか!?
お答えください……神よ!”
答えが返らないことに男は涙した。男はもう彼の者の存在を見ることも、声を聞くこともできなかった。男は穢れてしまったのだ。
男は絶望のままに旅に出た。
もうその町にいられるはずがなかった。
死に場所を探す、男の巡礼の日々が始まった。
唐突な昔話
続きます
ここで少しだけ言い訳を
女子高生に誰だよこいつって思った人多いかと思います_(:3 」∠)_
簡単に言えば、まだ書いてませんが他の話での主人公です
この話はその女子高生が主人公の話のスピンオフ的な感じで書いています
この話が書き終えたらそちらの方の連載をしようと思っていますので、その時に前話の事件とやらも書こうと思っています
順番おかしいだろとか思われていることだと思いますが、というか私でも思っていますが、ちょっとした事情でこっちを先に書きたくなってしまったんです :( ´ཀ` ):
……女子高生のお話を先に書いたらこの話が書けなくなると思ったんですうううぅぅぅぅ
いざ書こうとしたら多分絶対に思い出せない……




