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それは私の希望なんです(上)

間違えてあげてしまったので、明日の更新はなしです。すみません。予約失敗…… :( ´ཀ`  ):

あと社長と秘書とか見たことないんで!全くわからないので!想像なので!すっスルーでお願いします!!

「……お?」

「おはよ」


 驚いた様子のジュードに片手を振りながら挨拶する。

 それにしても眠い。欠伸を噛み殺しながらオフィス内に入ると、ジュードがパッと立ち上がった。


「今日も休みかと思ってたんだが」

「そんな毎回休まないよ、それにいつもは不可抗力。私だけのせいじゃないよ」


 苦笑しながら返す。

 そう私が休むのは私のせいではないのだ。悪いのは離してくれない主だ。……責任転嫁?なんのことだか。


「朝は来なかったじゃねぇか」

「……まぁ、寝坊はしたけど」


 起きようとは思った。ただ気付いたらいつも起きている時間より一時間、遅かっただけのこと。

 ……私が悪うございました、すみません。謝りますからその目——呆れたような白けているような目はやめてくれませんかね?


 居た堪れず自分の机に座ってパソコンを立ち上げる。起動を待つ間書類をまとめ直す。種類別に並べ直して、タンタンと机で叩いて揃えていると、ジュードに話を振られた。


「というかよ……」


 パソコンにパスワードを打ち込んでから振り返る。


「なに?」

「よくもまぁこんな度々血飲まれてて倒れないな。ルシアンに血液製剤でももらってんのか?」


 ジュードの質問に私は喉を詰まらせる。

 敢えて言わなかったのに。それをわざわざ聞くこいつはなんなの、鬼畜なの。デリカシーなさすぎ。

 ジュードがこんなことを聞いてくるのも、私が悪いのだけど。

 私は主にお呼ばれした次の日は朝練をサボる。それはほぼ必ずと言っていいほどで。組手の相手をしてくれるジュードは私が寝坊している日を知っているわけで……つまり、ジュードにはどれぐらいの頻度で逢いびきしているかもろバレなのだ。


「もうほんと、信じらんない……」

「あん?」

「分かってても言わないよ、普通はさ」

「吸血鬼に人間の常識求めんな」

「……そんなんで、よく人間社会の中に溶け込めてるよね」


 社員達が可哀相だ。とりわけ、ジュードに熱い視線を送っている一部の女性社員の皆様方。

 ジュードの本性はとんでもなく食い意地の汚い吸血鬼ですよー。騙されないでー。血飛び散らせて食われるらしいよー。怖いよー?恐怖だよー?

 パソコンに向き直してメールのチェックを開始する。いくつかのメールを見て私は顔を顰めた。予定の変更が必要そうだ。


「長く生きてるとな、それなりになんでもできるようになるんだよ……で?どうなんだ?」

「……何が?今忙しいの」

「薬貰ってるかどうか答えるだけだろ?」


 折角話を逸らしたのに。ちらりとジュードを見ると残念だったなと言わんばかりの顔をしている。そんなに主人の食事状況を知りたいというのか。

 言わざるをえない状況に追い込まれたことが癪だったが、からかわれているのも嫌だったので、結局私は観念してしまった。


「別にそんなの貰ってないよ。ルシアンから貰ってるのは避妊薬だけ」

「お前、大丈夫か……?倒れないか?」

「そんな本気で心配しないでよ。笑っちゃうじゃん」

「笑い事じゃねぇだろ……主様(マスター)に俺から言おうか?」

「はっ!?」


 振り返って慌てて、違うから!と首を振る。


「毎回飲まれてるわけじゃないから!」

「だけでも……って、……は?」

「わーお、間抜けな顔」


 まさにぽかんという顔。ジュードの顔が崩れることなんて滅多にないのでまじまじと眺めて、我慢しきれず吹き出してしまった。

 その笑い声を聞いたジュードが、弾かれたように立ち上がった。


「どういうことだ!?」

「……何、急に?」

「どういうことか聞いてんだ」


 いつの間にか前に立っていたジュードに肩をがしりと、強く掴まれて私は体に力を入れた。

 思ってもみないほどの剣幕だった。眉間に深い皺を刻んだジュードを呆然と見上げる。


「……なんか、まずいの?」


 控えめな声で問うと、ジュードはそういうわけじゃないと答えた。


「……そういうわけじゃないんだが、簡単に信じられなかっただけだ」


 ジュードの手が肩から離れていく。止められていた血が通っていく感じがした。自分の腕でそこをついつい摩ってしまう。


「悪い……痛むか?」


 痛くないわけがない。肩の骨が砕かれるかと思った。それぐらい痛かった。


「人間より筋力強いんだから、気をつけてよ」

「……悪い」

「まぁ、いいけどさ」


 肩をぐいと一度回す。痛みも引いてきたようだ。

 その様子を見ているようで、ジュードは見ていない。きっと頭の中では色々と忙しく考えを巡らせているに違いない。


「そんなにおかしい?」

「……ありえねぇんだよ」


 ぼんやりとしていた視線を私に定め直したジュードは浮かない顔で言った。

 ジュードはそれから「聞いたと思うが」と前置きをした。それだけでどんな話か私には分かった。


「俺達には性欲ってもんがない。性行為を行うのは食事のため、ただそれだけのためだ。……もう一度確認するが、抱かれたにも関わらず血を飲まないことがあったんだな?気付かないうちに飲まれてたとかはないんだな?」

「主様は……私が気を失ってる時は飲まないみたいなの、飲まれた後って傷はなくても、違和感は残るから分かるし。だから飲まれてないと思う」

「……それが気のせいってことはないのか?」


 私は黙って横に首を振った。

 ジュードはそれを見てからまた考えこんでしまった。

 

「ねぇ……普通に気を失ってる時、主様は誰の血も飲まないってことなんじゃないの?」

「そんなわけがない」

「言い切ったね……」


 顔を上げたジュードは形のいい右の眉を上げていた。まるで常識を聞かれた時のように。


「俺らがしてんのは食事なんだ。お前はわざわざ手間暇かけて作った料理を食わないことはあるのか?料理を放置して冷たくしたりするか?しないだろ?」


 ああ、なるほどと頷く。自分に置き換えてみればそんなこと絶対にしない。

 が、まだどこか引っかかる。そのため素直にそっかとは言えなかった。


「礼儀みたいなもの……なんじゃないの?その、寝ている間に飲まないのは……」

「あのなぁ」


 だるそうにジュードは首を振る。


「俺がすごい長生きなのは知ってるだろ?」

「まぁ……」

「俺はその間食事をしてきた。何が言いたいか分かるか」


 分からん。全くもって分からん。

 『長いこと食事をしてきた』ってしないと、そりゃあ餓死してしまうだろう(厳密に言えば餓死はしないそうだが)。

 それだけで先が読める奴はとんでもなく頭がいい。私はうーんと頭を捻った。

 ジュードは実際何歳なのだろう。ノエルで千五百歳、そのノエルに兄さんと呼ばれるくらいなのだからそれを越すのは確実だ。下手したら二千年以上生きているのかもしれない。……長生きってレベルじゃない。どれだけの人から血をもらったんだろうか。

 千年では効かない長い時間を生きてきた彼等は一体どれくらいの人間の血を飲んできたのか、不意に気になった。吸血鬼はいるかいないか分からない存在だったが、実際はどの時代にも必ず吸血鬼の存在を知っている人間がいたのだ。それを思うと吸血鬼についての伝承が結構多いことの理由が分かる気がする。

 その人達の中に主やジュードが食事した人間がどれだけいるのだろう。というか、皆はどれだけの人間を喰ってきたのだろう。きっと千や二千ではきくまい——とそこまで考えた私は勢いよく顔を上げた。


「分かったか」

「た、たぶん……」


 彼等は食事をする際、相手と性行為をする。それは相手に快楽を与えるために一番効率の良い方法だ。そして彼等は相手を絶頂に導いたところで血を貰う。

 つまりだ。彼等は相手を必ずとイかせる技術を持っているわけだ。

 主の前に何人かと付き合ったことのある私は知っている。そんな技術を持つ人はそんなに多くないことを。行為の最中に気絶したことなんて一度もない。


「相手が気絶する度に遠慮してたら俺らは何も食えねぇんだよ。だから、お前の言う礼儀だのなんだのっていう理由は絶対に無いって断言できんだよ」

「……はぁ」


 つまり毎回毎回の相手のことを気絶させてるってことか。どれだけのテクニックを持ってるんだ。


「寧ろ男の中には相手を気絶させてから飲む奴の方が多い。そうすれば口止めの必要はなくなるからな」

「……納得いたしました」


 主のあれが、めちゃくちゃ上手な理由も同時に分かってしまって憂鬱な気持ちになる。過去はどうしようもないと分かってはいるのに、どうしても嫉妬の気持ちが出てきてしまう。

 本当にどうしようもない。


「結局、お前の血を飲まない理由は分からず終いか……」


 ジュードが一瞬何を言っているのか理解できずパチパチと瞬きを繰り返した。が、すぐにこの話のきっかけを思い出して口をハの字に曲げた。


「そんなに気になるならジュードが主様に直接聞けばいいじゃん」


 これ以上悩む必要もあるまい。それでこの話は完結する。


「……随分冷めてんな、お前のことだろうが。気になんねぇのか?」

「前にも聞いてるけど答えがなかったから、もうそういうもんだとずっと思ってた」


 今回ジュードに咎められなければ、このおかしさに気付かないままだっただろう。

 理由は確かに気になるが、未だ月一での食事は変わらないし、主の呼び出しは私からしたら嬉しいことなので全くもって問題がない。

 前に主に『私の言うことを聞いていればいい』と言い含められていることもあるが、自分からそのことを聞くつもりはなかった。考えるだけ無駄なことと達観している部分もある。

 しかし、一番はその不可解な行動に理由をつけてしまうことが嫌だったのだ。不可解であれば理由を想像できる。自分の好きなように。

 未だ私は、希望を捨てきれずにいたのだ。諦めの悪いことだと自嘲する。なかなかみっともないが、馬鹿みたいでも未来に希望を持っていた方が、絶望して生きるよりよっぽど建設的だろう。


 結局ジュードは私が毎度寝坊する原因を体力不足とすることにしたらしい。主の不可解な行動にジュードは未だ煮え切らないようだったが、私の意思を尊重してくれるらしい。


「体力つけろ」

「いや、これでも前よりはあるんだけど」


 ジュードとの組手でもそうだけど、主と毎週組んず解れつしているわけですからね。朝まで寝ずに寝技し続けてますからね。

 なんて、下品なことを考えているとジュードの目が冷たくなった。なんでだろう。実は私の考えていることが読めました〜とかでも言う気なのだろうか。

 

「走れ」

「えー……」

「走れ」

「……分かったよ」


 剥れた私は渋々返事した。

 しかし、素直に従うのも癪なので「その代わさ」とジュードを見る。


「走って体力作りするから、もうちょっと自分の仕事自分で把握してくれませんかねぇー」


 私の手帳の中には三つの色がある。一つは勿論主様。そして自分の予定。当初はこの二つで済んでいたのだが、二年を越した頃から何故だか三色目ができた。


「なんで私があんたの面倒も見なきゃいけないのさ。私は主様の秘書であって、ジュードの秘書ではないんですけど?」


 そう、ジュードの予定も細かく私の手帳には書かれているのだ。おかしい。前からおかしいと思っていたが、言う機会を逃しここまで来てしまった。今が文句をいうチャンスだろう。


「ジュードだって自分の仕事しながら主様の秘書やってたんでしょ!自分で管理できるくせになんで私にやらせんの!」

「それはだな、お前のためを思って訓練させてやってんだ。練習だよ練習」

「望んでませんので結構です!」

「遠慮する必要なんてねぇぞ。で、今日の予定は」


 額に青筋を浮かばせながらジュードの今日の予定を滔々と読み上げていく。


「そうだ、明日の予定変更しておいて」

「自分でやれ!」

「……何を騒いでる」


 そこに主が入ってきた。その表情は険しい。

 私は急いでその場に立った。


「お、おはようございます」

「おはようございます」


 吃ったのが私。さらりと言ったのがジュード。

 またイラっときた。私一人馬鹿みたいな所がイラっときた。全部、ずぇーんぶ!ジュードが悪いのに!!

 自分の卓に向かった主の元へ、整えた書類を持って向かう。

 予定を淡々と述べていってあるところで私は止めた。


「本日の十五時から予定されていた会議なのですが、予定していた会議が延期になりまして、二日後の十五時からとなります。そこにあった予定を今日繰り上げてしまってよろしいですか?」

「構わない」

「畏まりました、ではそのように」


 その後はまた予定を述べていく。

 最後に、各部署から上がってきていた書類を渡す。


「こちらがサーシャ様とロージャ様のサインが必要なもの、こちらはロージャ様のみ……後こちらはサーシャ様がお読みになって判断していただく必要のあるものです」

「分かった」

「あとこちら、朝の会議の資料です」


 朝の報告はこれで終わりと一息つく。そんな私の肩に手を置いた馬鹿がいた。


「で、俺の分の資料は?」


 にっこり。

 ジュードの笑顔を見た私の額から血管の切れる音がした。

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