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それでも嬉しく思う私は馬鹿なんです(上)

間違えてデータを消してしまって、ここまで遅くなってしまいました!クソ忙しいのに!!ほんとにすみません!! :( ´ཀ`  ):



「へぇ、逃がしちゃったんだ?」


 ……おおう、寒い。というか冷たい。というか凍える。

 おてんとさん、おてんとさん。お願いです。もう眩しいだのなんだの言わないので、もっと地上を照らしてください。

 でないと、私は凍えて死んでしまうかもしれません。


 ガタガタ震える体を必死にさすっていると、少年(?)が通話を切った。


「……逃げちゃったってさぁ」


 何が?とは聞ける雰囲気じゃない。

 恐らく先ほどの女吸血鬼のことだ。


「……めんどくさいなぁ、ほんと。嫌んなっちゃうね」


 何も分かっていない私に同意を求められても困りますーー!!

 

「とっとりあえず、事態いや、状況を整理してもいいかな?」


 吃る私の顔を見た少年は一度目をぱちくりとさせてからほんわり笑った。


「確認って何を?」

「……いくつか聞きたいことがあるってこと」


 まず一つ目なんだけど、と前置きする。


「……君は、主様から私の護衛を命じられた人?」

「そうだよ」


 あっさりとした肯定に胸を撫で下ろす。


「あの女は護衛じゃなかったんだ……」

「護衛どころか超危険人物だよ」


 それを知っていながら放置していたのか、この少年は。女吸血鬼を捕まえるためだったとしても、それを当の本人の前で普通言うだろうか。悪びれもせずに。


 主の命令で私を囮に使ったのであれば、謝ることもないかと半ば諦めながら次の質問に移る。


「じゃあ次……君の名前は?」

「ノエル。いい名前でしょ〜?父さんが僕にくれたんだよ?」


 美少年に満面の笑顔でそんなこと言われたら、首を縦に振るしかない。もう全力で振ってあげたら、ノエルはニマニマしてた。


「ローマ帝国と戦争してた時に父さんが僕のこと拾ってくれて、名前つけてくれたんだ〜」

「ちょっ、ちょっと待って」


 今なんて言った……?

 ローマ帝国(・・・・・)って言ったの聞き間違いじゃないよね?


「……もう一つ聞いていい?……君の歳は?」

「分かんない。もう数えてないけどたぶん千五百年は超えてるかな」


 ……千、五百?

 途方もない数字を前に私の体は無意識に動く。

 流れる動作で深く腰を曲げた私は、全力で詫びを入れた。


「偉そうな態度で申し訳ございませんでした!!」

「怒ってないから平気だよー。寧ろさっきまでの口調がいいなぁ」


 ぎゅうっと腰に手を回して抱きついたノエルに赤面する。

 くんくんと鼻を鳴らしながら抱き付いた少年の可愛さと言ったらね、もうね、ほんとにね。


 か わ い す ぎ る 。


 パッチリとした二重の中に収まるのはエメラルドのような瞳。その縁は長い金の睫毛で派手に彩られている。ふんわりとしたプラチナブロンドは、邪魔だったのか後ろで縛られているのだが、短かったせいで髪の束が尻尾のようになっているのが堪らない。線の細い体つきはパッと見では女の子のよう……いや、待て。この子は本当に男か?貧乳なだけの少女じゃないのか?いくら薄すぎるとは言え、こんな可愛い顔で男の子ってありえるのだろうか。

 勝手に声で判断していたけれど、実は少女だったというオチかもしれない。


「もう一個聞いてもいい?」

「どうぞ〜」

「……性別は男であってる?」

「それしかないじゃんー」


 いや、ノエルの女装は私よりもよっぽど可愛いと思う。


「ハヅキちゃんてば、やっぱりいい匂い〜」


 語尾に音符でも付けそうな話し方はその外見に伴っているが、正直言っていることが怖すぎる。体を今まで以上に固くした私に気付いたのか、ノエルは笑った。


「本当に食べたりなんかしないよ〜。父さんに嫌われちゃうのは嫌だからね。それに僕女の人は食べないんだ」

「女の人は……?」


 含みに反応して、どういうことだと首を傾げればノエルは簡単に教えてくれた。


「僕って見ての通り小さいじゃん?」

「そうだね」

「だからね、女の人を満足させるのって難しいんだよね」

「そうなの?」

「うん。だから男の人を食べる」


 にこにこ笑うノエルに心臓を射抜かれる。なんて可愛い子なの……!!

 ひしっと抱きしめるといい匂い〜とスリスリされた。何この可愛い生物は!連れて帰りたい!


「……女の人は満足させられないけど、男の人は満足させられるからねぇ」


 ——その言葉の意味は深く考えないよ!絶対にね!


 ノエルのふわっふわの頭を撫でくりまわしたくてしょうがないが、さっきの歳を聞くと非礼に当たりそうでむやみに触れない。しかしっ……この溢れるリビドーはもはや抑えられそうにない!

 と思っていたが、ノエルの顔が真剣味を帯びたためすぐに手を下ろす。遅ればせながら、私もノエルが反応した、数秒後にこちらに到着するであろう存在に気がついた。

 もう距離はほぼない。と思ったら体が持ち上げられた。

 浮遊感に驚いて、私の体を持ち上げる男に非難の声をあげる。


「ジュード!下ろして!!」

「無事なんだな!?」

「見て……いや、匂いの通りだけど……?」


 ジュードは鼻がきくにも関わらず、私の体を細く検分していく。傷一つないことを確認した彼は、灰になるところだった、と呻きながらも私のことを抱きしめた。


「いたたたたたたたた!」

「……生きててくれてありがとう!!」

「あんた、そんなこと言うやつだったっけぇ!?」

「るせぇ!……ったく、冷や冷やさせやがって」


 それは素直に「心配してくれてありがとー!」と受け取るところ?それとも、灰になるとこってなんだよ、って突っ込むところ?


「兄さん!!」


 可愛らしい声の主がジュードに抱きつく。さっき言ってた兄さんってジュードのことだったのかと、ぼんやりノエルの言葉を思い返す。


「お前も、GPS作動させてんじゃねぇよ。面倒くさがらずにとっとと片せって」

「だってさぁ、β《ベータ》を捕らえるチャンスだったんだよ?無駄にするわけには行かないじゃん」

「は!?βが??」


 グッと私の脇腹を掴む腕に力が入る。

 ……肋骨がミシッて言ったのは、私の気のせいだと思いたい。


「そうだよ、聞いて〜!折角βのこと追い詰めたのに、他の奴らが逃がしちゃったんだよ!!兄さんはどう思う?あいつら使えなすぎるよ」


 おうおう、そんな可愛い顔で随分な毒吐くなぁ、この子。ジュードの言う「クセがある」に納得する。確かにこの子一癖あるわ。

 βというのは、恐らく私を喰おうとした女吸血鬼のことだ。この感じだと、前々からあの女吸血鬼について知っていたらしい。しかも捕らえなきゃいけないような存在。

 昔は主の部下だったりしたんだろうか?そこから逃げたとか?でも凶悪ってさっきノエルは言ってたよね?


 βの正体について考えていると、突然ジュードが大声を上げた。会話を追ってなかった私には結構な攻撃である。


「うっさい!」

「ノエル、おまえ、それ本気でやったのか?」

「嘘つく意味どこにあんの?」


 ジュードは額を空いてる左手で覆う。その姿は、この先に対する不安で塗れている。というか下ろしてくれていいよ。片手で私のこと抱き上げ続けるって、大分疲れるでしょ。ね、下ろしてくれていいんだよ!


 ジュードは私の願いに気付かないまま真剣な顔で、ノエルと話す。もう私の存在忘れてませんか。

 ジュードの肩に肘をついて空を見上げる。日がビルに隠れたお陰で眩しくない。ぼんやり眺めていた私は、黒い影を認めて、「あ」と呟いた。

 

「とにかく、だ。ノエル、主様(マスター)にハヅキを囮にしたとか絶対言うなよ」

「……それはもう遅いんじゃない?」


 私は上を見上げながら言う。

 本人すぐ真上にいるみたいだし。


 私の鼻はもう嗅ぎ慣れた匂いを嗅ぎ取っていたが、ジュードは私の言葉で漸く気付いたらしい。彼はやべと呟きながら私を地面に落とした。

 おいコラ、乱暴じゃねぇかと声を上げようとした瞬間、さっきよりも強い浮遊感に襲われた。

 口から何か出そう……うっぷ。


「無事か!?怪我はないんだな!?」


 さっきから、あんたらの鼻は飾りものか!?犬より優れた嗅覚はどこにやった!?って感じなんですが、この剣幕にそんなこと言えるはずがない。

 いつもは一切乱れていない髪型が、少々崩れている。その勢いに気圧されてこくこくと頷くが、それでも主は信じないと言わんばかりにあらゆるところを目で見て、それで漸く抱き直してくれた。……ガチでどこやった嗅覚!!


 それから主は、私を地面に下ろしてくれたわけではない。ただ人形みたいに持っていた私の腰を、主の腕の上に置き直しただけだ。

 この体制だと主の顔がとても近くて少々気恥ずかしい。だが、嫌いじゃない。

 主の首に手を回したら、叱られるだろうか。怖かったと泣きながら縋りつけば、触れるぐらいは許してくれるだろうか。

 ……最近思考が乙女になってる気がする。

 

 主の胸が微かに膨らむ。何かを話そうとしているのだと気がついて、惜しみながら先ほどの想像は断念することにする。彼の邪魔を私がするわけにはいかまい。

 が、その判断を私はすぐに後悔した。


「——で、」


 地の底を這うよりも低い声に、私は思考を停止させた。


「さきほどのの話……一体どういうことだ?」


 あっちゃぁ、やっぱ聞こえたかぁなんて言う余裕はなかった。

 突然見せた主の怒りから、助けを求めて二人を見る。が、ノエルは勿論ジュードとも目が合わない。二人とも主を凝視している。

 いつの間にか口内に溜まっていた唾を飲み込む。その音が主の気に障ってしまいそうで、恐る恐る主を窺うが、彼が見ている(睨んでいる)のはただ一点、ノエルのみだ。

 さっきまで可愛らしく頰を膨らませていたノエルはそこにいない。


「お前がついていながら、この体たらくはなんだ」


 静かな声なのに、このプレッシャーは何なんだ。殴りつけられて、上から押さえつけられているかと錯覚するほどの圧力に、私に怒りを向けていないとはいえ、心臓の動きが一人でに早まる。

 私が、主の怒りを一番最初に受けた時の目じゃない。さっきノエルが出してた冷気なんていくらでも甘受できる。

 主が一歩ノエルに近付くと、ノエルは一歩下がった。ノエルの可愛らしい相貌は引きつって歪みが生まれている。

 もう一歩踏み込もうとした主に、ノエルは主の怒りを鎮めようとしたのか、勢いよく口を開いた。


「だって、あいつ殺せるチャンスだったんだよ!?」

「私はお前に何を命じた?あの女を殺れと私は言ったか?」

「言ってないけど……」

「私は彼女を守れと命じたんだ。……危険に身を晒せるような真似を許した覚えはない」

「でもっ——」


 ノエルの高い声を消し去った剣呑な音に私は身を縮こまらせる。一拍遅れて、遠くからアルミのバケツが床に落ちて立てるような、耳障りな音が聞こえた。

 ゴミ屑の中に埋もれているのは、小柄な少年、ノエルだ。

 少年だから軽いとは言え、蹴っただけで人体をあれほど飛ばせるのだろうかと呆気にとられる。が、すぐに恐怖で襲われた。主の怒りはそれでも収まらないらしい。主はツカツカと起き上がろうとしているノエルの元へ歩み寄る。


 ……まさか。


 主はまだ制裁を加える気なのだ。

 それはいくらなんでもやり過ぎだろうと、止めに入ろうとするが、それよりも一瞬早くジュードが主の前に立ち塞がった。


主様(マスター)おやめください」


 流石ジュード、と頼もしく思ったのも束の間、ジュードの表情が普段の彼らしくないことに気がつく。


「——そこを、どけ」


 益々表情を強張らせたジュードを見て、彼も主に恐怖を抱いていることを知った。


「どかないというのなら……」


 主の足が再び不自然に持ち上がろうとする。私は慌てて主の顔に手を回した。


「主様!!」

「……邪魔をするな」

「何にそんな怒ってるんですか!?」

「……分かりもしないのに止めるな!!」


 滅多に声を荒げない主だからこそ、怒りを見せる時の彼はとても恐ろしい。

 ま、負けそう。というか負けたい。けど。

 主の迫力に涙が浮かんだが、目からこぼさないよう眉間に力を入れて主を睨む。


「だったら、私にも分かるように説明してください!」


 自分だけ置いていかれたままで、この誰かが害されるような状況が、私には我慢ならなかった。


「ノエルを護衛に命じたのは主様でしょう!?私を囮にすることも命じたのは主なのでしょう!?それなのに、何故怒るんです!」

「何を馬鹿なことを」


 主の鋭い視線が私を貫かんとするが、ここで退くわけにもいかない。


「お前に怪我させるな、としか私はそいつに命じていない。囮にして、招かなくてもいい危険を呼び込めなどと一言も口にした覚えはない」

「え、あれ……そうなんですか?って、だとしたら、主様が怒る理由なんてないじゃないですか!私は怪我しておりません。……私はノエルに助けられたんです!」

「だが、そいつのせいでお前はしなくてもいい苦労をしたんだ」


 確かに怖い思いはした。死を覚悟もした。できるならば、あんな恐ろしい思いは二度としたくないぐらいに。

 それでも。

 

「……ノエルは主様の命令を守りました。それを叱るのはお門違いではないですか」


 主の眉間に深い溝が生まれる。ギリっと奥歯を噛みしめる音がハッキリと聞こえた。こんなにはっきり聞こえるものなのかと、主を凝視する。その表情は何かを耐えているように見えた。



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