それはとても綺麗ですね(中)
R15……?いかないぐらいかな?
少々短いです
「……ねぇねぇ」
「あん?」
「どうしたの?」
部屋へと帰るエレベーターを待ちながら二人に気になったことを聞いてみた。
「私の血に惹かれて吸血鬼が集まってきたって言ってたじゃん?……そいつらもジュード達みたいに、グループというか仲間というかさぁ……」
「“協力”?」
「そうそう、そういうの。協力とかしてる奴らっていないの?」
さっきジュードは吸血鬼に遭遇したらブン殴れと言っていたが、流石に二対一や三対一ではそんな余裕ないだろう。
「言い忘れてたな……普通の吸血鬼はまず群れないから安心しろ」
「どうして?」
「取り分が減るだろ、非効率だ」
その言葉を聞いて少しだけ恐怖が蘇る。やはり彼等は人間を餌だと本能では考えているのだ。
「……そうだ、あれも今でいいか——ルシアン、すぐ出せるか?」
「勿論」
言われてルシアンが胸ポケットから取り出したのは小さな箱だった。そう、指輪が入ってるような箱だ。
「ぷ、プロポーズ??」
「んなわけあるか!」
「して欲しかったらするよ?」
「おい、ルシアン!!」
ルシアンはすぐに冗談だよと笑った。いや、してくれてもいいんだよ?…………冗談です。
「中身は残念ながらピアスだよ」
ルシアンが箱を開けて見せる。
中身に私の目は一瞬で奪われた。
そこにあったのは煌びやかな装飾のピアスだった。硝子製のそれは装飾がとても細かく、ともすれば砕け散りそうなほど儚い。
「綺麗……」
「気に入ってくれたみたいでよかったよ」
これ発信機なんだ、と言ったルシアンになるほどと思う。
「……これでいつでも居場所が分かる、と」
「安心して。ここを捻るとGPSが作動して、それで初めて居場所が分かるようにしたから」
プライバシーは守られるよ、とルシアンは言った。
匂いでバレるらしいからその点はあまり気にしていなかったのだが、一応ありがとうと伝える。私の意思を出来る限り尊重しようとしてくれるその気持ちは、純粋に嬉しかった。
「一応予防に過ぎないけど、つけられない時もなるべく近くに置いといて。いざという時の為に必要だから」
「分かった」
「それつけときゃ、匂いが分からないぐらい遠くでも居場所が分かるからな」
ジュードの言葉でGPSの必要性を理解した。いくら吸血鬼の嗅覚が優れているとはいえ、何十キロと離れてしまったら流石に感知できないのだろう。
「そんな遠くに持ってかれるようなことは起きねぇだろうけど……念のためだ」
掌の小さなピアスは私の命綱でもあるらしい。こんな小さいものがなぁと掌の上の華奢な硝子細工を眺める。
耳につけたまま寝たら確実に割れるよなぁと、そこまで考えてこの命綱の重大な欠陥に気が付いた。
「週に一度でいいから充電してね、箱の下にコード入ってるから」
色々と教わるが、私はこの時点でどうしようと内心頭を抱えていた。
何故見た時すぐにこんな重大なことに気が付かなかったのか。
確かにこのピアス、自分の好みをこれでもかというぐらい詰め込んだ意匠になっている。だが、これはピアス。つまり、耳に穴を開けていない私にはつけられない代物だったのだ。
二人が知らないのも無理はない。普段の私は耳を出していない。耳なんてじっくり見るような場所でもないので、気付かなくてもしょうがない。
しかし、この際命綱であることを置いたとしても、諦めたらば絶対に悔やむ。それぐらいこのピアスは綺麗だった。もう一目惚れと言ってもいいぐらいだ。
今まで開けてこなかったのは特に理由がなかったからだが——これは絶対につけたい。
ばれないうちに穴を開けねばなるまいな、と心の中でため息ついた。……もし膿んだりしてしまったその時は、ルシアンに頼むとしよう。
各々が部屋へと戻った後私はベッドの上でピアスを眺めていた。
考えた結果、安全牌は“医者にかかる”で間違いない。だが、ルシアンに頼むのは折角もらったプレゼントにケチがつきそうでどうも気が進まない。
ここはやはり自力を選ぶべきだろう。
確か氷で冷やすんだよなぁと冷蔵庫の方へ足を向ける。適当な袋に氷と水を入れて耳にあてる。このまま数分待って、感覚がなくなった所でブスリといく。因みに針は安全ピン。消毒済みだ。
想像しただけで痛いが、女は度胸ってことで、まぁ頑張ってみるとしましょう。
待つこと数分後、耳は冷たさでジンジンすらも感じなくなっていた。冷やしすぎだろうかと危惧したが、まぁいい。今のうちにやってしまおうと針を右手に構える。
光を反射して輝く針はなんとも凶悪そうではないか……ただの安全ピンだが。
ゴクリと唾を飲み込んで覚悟を決める。こういうことはさっさと終わらせるべきだ。まだ左耳も残っているのだから。
……さて。行きますか。
「南無三!」
が、突然鳴り出したスマホに私の腕はピタリと止まった。
何故ならその着信音の時の相手は主だったからだ。ピンはその場においてスマホを手に取る。電話に出るとぶっきら棒な声が聞こえた。
『今、ついた』
「お帰りなさいませ」
言いながら手帳をめくる。お帰りは明日のはずだったが、どういうことか。
「明日はいかがいたしますか」
『元のままでいい』
「かしこまりました」
もともとは夜遅くに帰ってくる予定だったため、明日は空欄なのだが……そのままでいいのか気掛かりだ。するだけ無駄な気遣いだとは分かっているが。
案の定主はそのかわり、と言葉を紡ぐ。
『もう帰るから、部屋で待ってろ』
「……かしこまりました」
その言葉を聞き遂げてから主は通話を切った。
つーつーと通話が繋がっていないことを示す音を呆然と聞きながら、え、と漏らす。
「………………え?」
部屋で待ってろって、つまり……そうゆうこと?だよね?
「……………………うっそぉ」
勢いよくスマホをベッドへ放り投げ、駆け足で浴室へ向かう。ピアスの穴なんて開けてる場合じゃなかった。
* * *
「お、」
ソファに座る姿を認めて、ひくりと口元が引きつる。
「お待たせしました……」
これでもかなり急いだのだが、何分女子ゆえ手入れに時間がかかる。
なにか言われてしまうだろうかとビクビクしながら声をかけた。
それに主は「ああ」と返しただけだった。
怒ってはいないようだ。ホッとしてから、主の座る向かいに座ろうとしたが、色々あって結局主の膝の間に私は座った。
大人しくしている私の髪を主の手が何度も撫でる。やはり、私の髪は気に入られている、これはもう確定事項と見ていいだろう。
その手が不意に耳元へ伸びた。
マズイ。そう考えて私は逃げると主は読んでいたのだろう。腹を抱えていた主の左手が首元に回って、ぐいと上に持ち上げられた。
確実に耳朶を見られた。穴の開けられていない耳を。こんなすぐにバレるとは思っておらず私は既に涙目だ。
主は黙っているが、一体何を考えているのだろう。
ピアス……取り上げらてしまうのだろうか。
お気に入りだったのに。
口をへの字にする。一か八か今開けようとしてたんです、ぐらい言ってみるかと頭を悩ませていると主が私の耳をペロリと舐めた。
「なんですか!?」
「……消毒だが?」
「なんの!?」
「穴」
きょとんと主の目を見つめていると、主は小さな箱を取り出した。その箱を見て驚きの声を上げる。
「ベットの上に放ってあった」
「やっぱり!!」
勝手に入られたという怒りはあまりなく、どちらかと言えばあの針や氷を見られたそっちの方が気になって仕方がない。
案の定主は針について言及した。
「どうやって開けようとしたんだ」
誤魔化しなんて通用しないし、意味もないので正直に答える。
「氷で冷やしてから……」
「消毒は」
「針はしました」
「印は?」
「……印?」
主は本気で呆れたようだった。
「何故ルシアンに相談しない」
「せっかく頂いたのに、申し訳ないなと……思いまして……」
「遠慮する理由なんてないだろう」
いや、あるから。なんて言えるはずもなく、気付けば主の膝の上に乗せられている。
「あ、主様……?」
「開けてやる」
「ピアス穴を?」
「他に何が?」
何が、じゃあないでしょう。
仰け反って主から少しでも離れようとしたが、無駄な抵抗に終わる。
「ご遠慮します!!」
「いいから、大人しくしていろ」
あ。……本気だ、この人。
口調が大真面目だ。
私に与えられた選択肢は ▷諦める の一択しかないらしい。
「は、針は?」
「そんなもの必要なかろう」
「消毒はぁ!?」
「……往生際が悪いぞ」
いやいやいやいや、消毒は超重要事項でしょうが……って待って!針がいらないってどういうこと!?せっ説明プリーズ!
「一番これが手っ取り早い」
言うが早いか主が私の首を押さえて耳に舌を這わす。
もう嫌な予感しかしない。主が今すぐ使える尖ったものって——
「……少しだけ痛むぞ」
キラリと白い牙が光を反射させて煌めく。
ひいいいいぃぃぃぃぃ、やっぱりぃぃぃーーーー!!
噛まれたら吸血鬼化しちゃうんじゃないの?
いや、その前に死んじゃう?
どの道主の餌じゃなくなる?
でも、そしたらピアス必要なくない?
脳内を一気に思考が駆け巡るが、纏まるよりも早くに主の牙が耳朶に触れる。
「待って——」
「緊張するな」
抵抗する暇も与えずに、主の牙は素早く私の耳に穴を穿った。
一瞬の痛みの後、襲うドロリとした粘着質な何か。
思い出したくもなかった昔の記憶が瞬時に蘇った。
「やぁっ……!?いやっいやぁ!!」
「……暴れるな」
「これ、やだぁ!!」
落ち着けと首を強く押さえられてもイヤイヤと首を振る。体を動かせない恐怖が更に私を恐慌へ追いやっていった。
「大丈夫だから」
何が大丈夫なのか。どこが大丈夫なのか。ドロリとした感覚はゆっくりとだが、依然として体内に広がっていっている。
「たすけて……」
「動くな」
「あるじさまぁ」
もう自分が何を口走っているのかも判断できない。とにかくこの感覚を無くしたくて、消したくて、必死になっていた。
「だから、大人しくしていろと——」
主の声に焦りが滲んだ。と思った一秒後には私の体は強く抱き寄せられていて、耳朶には主の唇が触れていた。
「……あ」
「やり辛いから動くな」
主の舌が血の滲む耳朶を舐めて、強く吸った。
その感触に耐えかねて高い声が出たが、それでも主は私の耳から口を離さない。
ゴクリと主の喉が上下に動くと共にゆっくりとだが嫌な感覚が薄れていく。主が口を離した時には、その感覚は完全に消え去っていた。
唖然としている間に主が私の耳に何かをつけた。素早すぎて何かも確認できなかった。指先で触れてそこを確かめる。開いた穴を埋めるように何かが刺さっていた。
……そう言えば。
ファーストピアスのことをすっかり忘れていた。そのことに今更気が付いた。
「大丈夫だと言っただろう?」
いつもと変わらない調子の主に顔が引き攣る。
……どこが大丈夫、だって?
ぜんっぜんっ!大丈夫なんかじゃありませんでした!!
ブルブルと横に首を振る私を見て主は顔を顰めた。
そんな顔をされても、嫌なものは嫌だ。あんな感覚二度と味わいたくない。
結局左耳は針で開けてもらった。ピアッサーを持っているのなら、最初からそれでやってほしかった。
代償なのか、結構痛かったけれど……それでもあの感覚の数十倍はマシだった。
吸血鬼を題材にしたらしようと思ってたことが書けて満足(笑)




