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知ることって……残酷だよね(下之下)

例の如く明け透けです(´д`;)

書かれていることは鵜呑みにしないようにしてください……

   *    *    *




 イリーナの部屋は解除されたままだった。

 部屋へと足を踏み入れたその瞬間、前から伸びてきた細い腕に体を絡め取られた。


「どこへ行っていたの?」

「……イリーナ」


 顔を上げた私の目にイリーナのプラチナブロンドが映る。真っ暗な中でも分かるほど眩い。


「戻ってきてたんだ……」

「どうして勝手に外に出たの」


 私の体を軽々と抱き上げるイリーナから逃げようという気は起きなかった。


「……ボスのところに?」


 私が無言でいることが肯定の証だった。


「嫌な予感はしたのよ、あの人途中から姿が見えなくなって。ジュードに聞いても外に行ったとしか言わないし……案の定……誰のせいで仕事が増えたと思ってるのかしら!」


 ジュードが頼むからストライキ辞めたのに、とイリーナは憤慨していた。

 そりゃ怒るよ。私が今回の件の傍観者だったとしても怒ってる。

 イリーナは私と目があうと同時に眉を垂らした。


「ねぇ、脅されたりでもしていたの?」

「……されてない」


 誓って言える。私から主の元に、勝手に行ったのだ。



「……たぶんね、私あのままでもよかった」

「あのままって?」

「主様の……()?」


 助けてくれた皆には悪いんだけどさ、という私の声はきっと空々しく聞こえただろう。けれどそれは嘘偽りのない本心だ。

 何も言わないイリーナにやっぱり怒らせちゃったかなと目を伏せる。


「……少し話聞いてくれる?」


 イリーナの手が動いて私の頭を一撫でした。それを承諾と受け取って私はポツポツと自分の心を語り始めた。


「主様達が人間じゃないって知っても私は大して気にならなかった。生活の端々で人間らしからぬところを見ていたからかな……ほんと簡単に、『ああ、だからか』って思えたんだよね」


 私がショックだったのは他のこと。


「……私以外に主の秘密を知っている人がいるのがショックだった……イリーナ達を除いて、主様に一番近いのは私だって勝手に思ってたから」


 実際は私よりも主様に近い人がいた。私よりも主様に必要とされている人がいた。


 ズルいと思った。

 私は与えられた仕事をこなして、それでたまに労いを与えられる程度にしか役に立っていない。

 皆はよくやってくれてるって言ってくれる。けれど、それでもやっぱり彼らだってこなせる仕事しか私はしていない。


 ……女性を抱く主を見た時、初めて嫉妬という感情を覚えた。


 見目がいいだけのくせに。

 なんで私を差し置いて。

 羨ましい。

 私の方が主を理解しているのに。

 ズルい。

 そんな仕事私でもできるのに。

 私だってできることなのに。

 なんで主は私を喰べないの。


 なんの脈絡もない思考。

 だが、次々にそんなことを思う自分に驚いた。それで、逃げた。

 


 私をも餌にしようとする主に激しい怒りを覚えた。餌にすることに対してじゃない。私()餌にすることに対してだ。


 主は私が主の僕であることだけを理解していればいいと言った。言外に言えば、ただ黙って主の意志に沿うように行動しろってことだ——主の行動に異を申すな、疑問を抱くな、喰われるだけにお前は存在している。



 主は私を抱きながら頻りに言う言葉があった。


  逃げようとするな

  離れていくな

  私の側にいろ

  拒否権はない


  お前は私のものなのだから————



 それはまるで呪いのように。私の中にずぐりずぐりと染み込んで、染み渡ってゆく。


「……主様って非道いよね」


 餌だとしか思ってない相手にそんな台詞を吐くのだから。


 主は、人間でないのに。

 私のことをただの餌の一つとしか思っていないような男なのに。

 そんな言葉を吐かれたら誤解してしまう。


「期待させるだけさせて」


 私は餌じゃないのではないかと。

 愛されているのかもしれないと。


「そんなこと起こるはずもないのに」


 彼らは人を愛さない。そういう生き物だから。


 私の目から雫が一つ溢れた。




 ——あの人が口にするのは、愛の言葉に似せた、戯れ言。


 そういうことを言うくせに貴方は私だけのものにはなってはくれない。

 私は貴方だけのものだけど。

 貴方は私だけのものじゃない。

 その関係が変わることはない。

 だって貴方()は吸血鬼だから。


 私だけがいいのに。

 私だけじゃなきゃ嫌なのに。

 私だけのものになることはない。

 何故って貴方()は吸血鬼だから。


 彼らは恋はしない。

 人を愛そうとしない。

 人に恋愛感情は有さない。

 何故って(ひと)は餌だから。

 人は家畜と家庭を築きたいなんて思わない。それと一緒。

 恋愛ゴッコの根底にあるのはきっと物に対しての所有欲。自分のお菓子を誰かに取られないように名前を書く。それと同義。

 それが愛に発展することは決してない。



「愛されることがないんなら、餌に甘んじるしかないじゃん……」


 餌の間は主に抱いてもらえる。あの腕を感じていられる。ペットのままでは知ることのできない温もりを知ることができる。


 私を抱こうとする主に怒りは確かにあった。

 しかし、その怒りは裏返せば我が儘にすぎない。

 他の女と同じポジションに置こうとする主に向けてのただの我が儘なのだ。

 主は間違っていない。私を必要としてくれたことに私は喜んでいた。抱かれることに喜びを感じていた。私は笑っていた。


 私は自身が大多数のうちの一でしかないことに怒りを抱いたのだ。



 他の女を視界に入れないで。

 他の女の体を抱かないで。

 他の女の血なんて飲まないで。

 

 私だけを喰べて。



「……他に大勢いるうちの一人だとしても、しかたないじゃん。それしか主に抱いてもらえる方法はないんだから」


 あの温もりを知っては離れることができない。あの腕の中が恋しくて仕方がない。


「側にいたいの。主に必要だって思われたいの。……そのためなら餌でもなんでもなっていい。だって、——好きになっちゃったから」


 こうはなりたくなかったから、必死に気付かないふりをしていたのに。


 非道い。なんて非道い。

 主様はとても非道い。


 嫌わせてもくれない。

 憎ませてもくれない。

 優しいから。


 抱きしめてくれるから。

 頭を撫でてくれるから。

 好きという感情だけが増えていく。


 いっそのこと憎みたい。嫌いたい。

 なのに私は餌になれと言われても喜ぶことしかできない。

 主が好きだから。

 惚れた弱みとはよく言うよ。



 イリーナはもう同意の声を発することもなく、黙って私のことを抱き寄せた。

 私は子供のように泣いた。イリーナに縋り付いて泣いた。水分が無くなって干からびるんじゃないかと思うほど泣いた。

 私が意識を失うまで何度も何度も頭を撫でてくれた手はとても優しかった。






 翌朝。

 朝一でルシアンが来た。薬を携えて。イリーナから連絡がいっていたらしい。イリーナはルシアンと入れ替わりで出て行った。

 ルシアンから渡されたのはシートだった。ワンシートに二十八錠ある。それでその薬がなんなのか理解した。


「飲み方分かる?」

「なんとなくは……」


 高校の時に保体で習った覚えがあった。微妙な不安に気が付いたのかルシアンは丁寧に教えてくれた。


「消退出血が来たら一錠目飲んで」

「『消退出血』?」

「ああ……いわゆる生理出血とか排卵出血とか。女性ホルモンが減少した時に起きる出血のことを言うんだよ。……生理の原理って知ってる?」

「聞いたことはある」

「……つまり覚えていないんだね?」


 そうとも言う。


「知ってて損はないことだから、よかったら覚えてて。まず、ハヅキは生理の時になんで出血が起きるか知ってる?」

「子宮内膜が剥がれるから……?」

「正解。でもなんで剥がれるか知ってる?」

「……古くなるから?」

「半分正解で半分不正解」


 女性ホルモンってわかるよね?問われてこくりと頷く。


「それが作用して着床しやすいように子宮内膜を厚くするんだけど、妊娠しなかった場合女性ホルモンは減少する。そうなると子宮内膜はその厚さを維持できず剥がれ落ちる。その際出る血が消退出血。でも一般的には生理の時の出血とアフターピルの服用によっての出血を、区別するために後者の方を消退出血って呼ぶんだよ」

「ほう……つまりは生理が自然に来るか来ないかの違い、と」

「正解。で、この薬はそのホルモンの量を調節して消退出血を起こす薬なんだよ」

「勉強になります」


 保体で中学の時に習ったはずなのに全く覚えていなかった。ああいう授業特有の気恥ずかしさははっきりと覚えているのだけれど。そういう人って結構多い気がする。

 学校の先生も報われない。


「消退出血があった二十四時間以内に一錠目飲んでくれれば大丈夫だから。あと毎日同じ時間に飲むこと。飲み忘れしないこと。もし忘れたり副作用が酷かったら相談して?対処考えるから」

「……詳しいんだね」

「一応医者だからね」

「なにそれ初耳」

「言ったことないからね。とは言えここ三年一度も看板掲げてないけれど。こっちで忙しいから」


 ルシアンは説明を一通り終えると部屋から出て行こうとした。

 私から主の元へ行ったことについては何も言われなかった。イリーナもルシアンも。

 怒られることは覚悟していたので拍子抜けだった。


「あ、ちょっと待ってルシアン」

「何か不安なことあった?」


 聞きたいことがあって、と言えばルシアンはもう一度ソファに座ってくれた。


「付かぬ事をお伺いしますが……吸血鬼って吸血鬼の血を飲むことってできるの?」


 ルシアンはその質問をただの興味と捉えたようだ。なんだ、そんなこと?とルシアンは話し出す。


「私達の体内に流れるこれは厳密に言えば血じゃないんだよ」

「……じゃあなに?赤い絵の具でも流れてんの?」

「遠からずって所かなぁ……少なくとも人間と同じ液体ではないってことぐらいしか言えることがないんだよね。人間の時と同じものではないから私達の栄養にはなり得ない。だから、飲まない」

「……そっか」


 聞きたいことは以上?と問われて以上、と返す。

 ルシアンは最後にもう一度、薬の飲み忘れをしないようにと言ってから出て行った。お母さんか。



 それから二日して消退出血が来た。現在はイリーナに言われて自室に戻って閉じ籠っている。


 久方振りにあったブランをモフりながら渡されたシートを見る。錠剤がそこから三つ消えていた。

 なんとなく飲む必要ないんじゃなかろうかと思ってしまう。

 なんたって五日前の時は避妊されたしね。普通にゴムつけてたよ、あの吸血鬼。感染症は持ってないから安心しろとか言われた。あ、はい、としか言えなかった。

 聞けば吸血鬼が赤子を孕む、若しくは孕ませる確率は限りなくゼロに近いそう。それでも避妊するのはそういった事例が少なからずあるためだ。世界の各地に昔話として語り継がれている人間と吸血鬼のハーフであるダンピールなんかがその例だ(例とか言われてもまず調べたことがない)。

 しかしこのような事態で吸血鬼に興味が湧かないわけがない。

 調べましたとも。勿論。

 と言っても検索に引っかかるものは間違いだらけの噂話ばかりだ。彼等は日の下に普通に出ているし、シルバー(銀食器)なんて普通に触っていた。

 しかし、中には興味深いものもあった。例えば、死んだ者が死後吸血鬼になると言ったような。

 その通りであるとするならば、彼らは死んでいるはずだ。吸血鬼なのだから。だが、私は彼らの心臓が動いていることを知っている。ゆっくりとだったが、確かに心臓の音は聞こえた。


 伝承は所詮言い伝えということなのだろうか。


「……そうならいいのに」


 ブランの背中に顔を埋めながら呟く。シャンプーの良い香りがした。




——吸血鬼に噛まれると吸血鬼になる、これが日本では一番ポピュラーな吸血鬼の噂だった。


 そして、私はそれを経験していた。

 私が白髪赤眼(このような姿に)なった理由。

 私がアメリカ(ここ)にいる理由。


 噛まれたからだ。吸血鬼に。

 それは夢なんかじゃない。体の自由が奪われていく感覚も、ゆっくりと視界を奪われている感覚も、今この瞬間にはっきりと思い出せるほど強烈な記憶だ。

 しかし、私の体は未だ人間だ。彼らと違うところが多すぎる。

 あの時死ななかったから私は吸血鬼にならなかったのだろうか。それともこれからゆっくりと吸血鬼になっていくのだろうか。

 その兆候と言えそうなものは未だない。

 だからと言え、ならばやっぱり伝承なのだと言うには早計すぎる気もする。


 何故って彼らはナイフを持っている。それで人の首を切って血だけを舐めとる。

 牙は触って確認したから生えていると断言できる。なのに彼らがそれを使わない理由。

 それこそが、吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になるという噂を真実たらしめているのではないのだろうか、と私は思うのだ。

 そうでなければ普通に牙を使えばいい。



「ねぇブラン……」

「にゃぁ」

「お前が主様達を嫌がったのは、彼らが吸血鬼だと知っていたから?」

「……に」

「私を怖がらないってことは、私はまだ吸血鬼じゃないんだよね?」

「に」


 獣の勘は間違いがない。何故なら彼等は間違えることが死に直結する。だから間違えない。


 その言葉信用するからね、と言ったら微かに耳を下げたブランが可愛くて頬擦りした。





 ——私は今、恐れていることがある。


 もし、それが我が身に起きた時、主は私をどうするだろう。それでも私を側へ置いてくれるだろうか。


「……いや、ないな」

 

 腐ったケーキを皿に置き続ける人はいない。誰だって腐ったケーキは捨てて、新しいケーキを置くだろう。

 つまり、そうゆうことなのだ。

アメリカとかだとアフターピルも普通の薬局で売っているそうです(´・ω・`) 15歳以上なら買えるとか。赤ちゃんの置き去り事件とか聞くと、こういう制度が日本にも必要なんじゃなかろうかと思ったりしますね。別の問題も発生しそうですが……(ー ー;)

あとすみませんが次回の更新は一週間後を予定しています

ストックが……

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