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知ることって……残酷だよね(中)

こっ……今回も明け透け表現いっぱいです!伏字なんて使ってません!申し訳ないですが気になる方は脳内でモザイク処理をお願いします!

「だから、ハヅキは私達意外の吸血鬼に出会ったら何も考えずに逃げること」


 ルシアンはいいね?と念を押す。私はこくこくと首を仕切りに揺らす。回答の余地は無かった。


「私達の知り合いかもなんて絶対に考えないで。ジュードと渡り合えるのであれば逃げることはできるはずだから。一先ず逃げて人混みに紛れて。そうすれば手出しできなくなる」

「わかった」


 頷きながらも、私の頭の中では別のことを考えていた。恐怖なんてどこ吹く風で、新たに生まれた疑惑をどうにかしたいと、それで頭がいっぱいだった。


「……ねぇ、るし」


 呼びかけた声を乱暴な音が覆い隠した。何事かと音が聞こえてきた方向、つまり玄関がある方を見る。

 誰かが来た。最初は主かと思って身構えたのだが、カツカツカツと高い音が聞こえて方の力を抜く。

 寝室のドアをこれまた乱暴に開けたのは、予想通りイリーナだった。


 イリーナは私の顔を見た瞬間パアッと表情を輝かせた。


「ハヅキ!」

「イリ、わっぷ」

「ああ、元気にしてた?ご飯は?ちゃんと食べてる?……少し痩せたんじゃない?あの人何してるのよ……」

「イリーナ、くるし」


 離してもらおうと頻りにイリーナの腕をタップするも、私の顔からその豊満なお胸が離れることはない。

 気付いてないのだろうか。そう思って少し隙間を作ってイリーナの顔を見上げる。


あ、こわい。


 無言で元の体制を甘んじて受ける。

 そのまま捏ねくり回されていたがルシアンの進捗は?という言葉で漸く離れてくれた。名残惜しそうな顔に胸が疼いた。……って何キュンとしちゃってんの。


 イリーナはルシアンの方を振り返ると、ダメだったわ、と言った。


「話し合いも何もあったもんじゃないわよ」


 言いながら思い出したのだろう。見る間に顔が変わっていく。

 美人が怒っていると凄い迫力がある。私はその姿を唖然と見つめた。


「人の話全くと言っていいほど聞こうとしないんだから!」

「……荒れてるね」

「あなたももっと怒りなさい!」


 怒りのイリーナに鋭い視線を投げられてうぇっと変な声が出る。こちらに向けられるとは思ってないから心構えが出来ていないから、しどろもどろになってしまった。


「ハヅキが一番最初に怒るべきでしょう!?」

「ええっと、……そう?」

「当たり前でしょう!?」

「なんというか、すいません」

「……ねぇ、なんでハヅキが謝らされてるの?」


 ごめんルシアン、私にも分からない。



「まぁいいわ……ほら、これを着て。着たら私の部屋に行くわよ」


 イリーナに渡されたのは紐で縛るだけのガウン。久々の服と言えるものだった。それを手にしながら首を傾げる。


「イリーナの部屋?どうゆうこと?主様は?」

「ストライキよ」

「は?」


 イリーナはふふふと笑ったのだけれど、その顔が結構、恐ろしい。


「ボスが聞く耳持たないからストライキ宣言してきたの。おかげで今頃大量の仕事に溺れてるはずよ。いい気味だわ」


 これですこしは頭を冷やせばいいのよ、とイリーナは笑っているが、それに対してルシアンの顔は険しい。


「本当に何一つうまくいかなかったわけだ……」


 その言葉を聞くにストライキは最終手段だったよう。それがいいことか悪いことかと言えば、恐らく後者だろう。

 私はイリーナの陰に隠れつつルシアンに背を向けた。ガウンを着るためだ。

 二人の会話を背中で聞きながら素早くガウンを羽織る。


「……ジュードは?」

「仕事片付けながら粘ってるわ」


 ガウンの生地はフワッとしていて最高の触り心地だった。


「着れた?立てそう?」

「……立つのは厳しい」


 正直に申告する。

 このベッドから動けないのはそういう理由があった。腰が抜けているというか、力が入らないというか。体を起こすまでならなんとかなる。そこから先は全くと言っていいほどままならなかった。……言わずとも分かるだろうが、主のせいである。


「……ボスはほどほどって言葉知らないのかしら」


 イリーナが悪態つきながら掴まってと手を差し伸べる。その手に掴まるよりも早く横抱きにされた。

 ルシアンもそれに合わせて部屋中を見渡しながら行こうかと声をかける。


「忘れ物は?」

「ない」

「というより、処分されたっていうのが妥当のようね」

「流石にそれは……」


 ないんじゃと言いかけたルシアンと目があったので首を横に振る。それを見てルシアンは顔を顰めた。


 一度体力を振り絞って私の着ていたはずの服を探した。しかし、それはこの部屋のどこにも、本当にどこにも無かった。クローゼットや洗濯機は勿論、風呂場も。果てはトイレなど。あと洗濯機はモノ自体が無かった。

 世界レベルの富豪(スヴェルドルフの会長)のふとこ……洗濯事情が気になる次第だ。

 しかもベッドから抜け出したのがバレて帰ってきた主にまた酷く抱かれた。それこそ体力を徹底的に奪うことが目的のように。


 抱き上げられた状態で玄関ひいてはエレベーターに運ばれる。

 三人を乗せたエレベーターはルシアンのキーで下降を始める。

 こうして、脱出はあっさりと終わったのだった。




「取り敢えず……」


 イリーナの部屋に着くなり彼女は私を見下ろしながら問いかける。


「お風呂入る?」

「……そんな気分じゃないかな」


 主の部屋にいた時だって動けず主に入れられてたようなものだ。その時のことを思い出してげんなりする。


「入りたくないの?」

「さっぱりはしたいけど、体が動かない。」

「しょうがないわね……私が洗ってあげる」

「え、遠慮します……」


 正直、あんまり裸を見られたくない。そう思っての拒否だった。

 イリーナは気付いたのだろう。呆れた表情になった。


「もうさっき見たわよ。一回も二回も三回も同じでしょう」

「……えー」


 有無を言う隙すらないまま浴室に放り込まれた。武力行使反対。

 抵抗虚しく隅々まで洗われた。目が見える時と見えない時では恥ずかしさが桁で違う。


「……私もうお嫁いけない……」


 服を着せられながらしくしく嘆くとイリーナが心外ねと言う。


「私が責任を取ろうとしない無責任な女だとでも」

「……わーい、嬉しいなぁ」


 また顔を顰められた。

 因みに着せられたのはイリーナの趣味か、シルク生地のうっすいベビードールだった。久し振りに大人の階段を一つ登った気分になった。

 


「……イリーナ達って普通のご飯食べれないの?」


 適当にご飯を食べさせられて、そのままベッドに寝かされる。私は布団に包まれて、その横でイリーナは寝そべっている。添い寝を冗談で頼んだら本当にしてくれた。姐さん優しすぎ。


「食べることはできるのだけれど……消化されないから嫌なのよね。トイレも煩わしいし」


 それで皆がトイレ行く所を見たことないことに気づく。今迄気にしたこともなかった。


「……銀の弾丸で死ぬ?」

「それが死ねないらしいわ」

「ニンニクや十字架は?」

「私はニンニク苦手。匂いがキツイのよね」

「陽の光は……ガンガン出歩いてるね」

「寧ろハヅキの方が弱いわね」


 吸血鬼よりも日光に弱いってどうなんだ。


「イリーナ達はずっとその姿なの?」

「——私が生きた六百年で変わった所はないわ」

「お婆ちゃんか」

「したらハヅキは赤ちゃんね」


 二人でくすくす笑う。


「久し振りに笑った気がするな」


 徐にイリーナに手を伸ばし、お腹のあたりに抱きつく。

 イリーナの体が強張ったのが触れ合ったところから伝わった。


「そんなにビックリした?」

「……少しね」


 イリーナも私のことを抱きしめ直す。

 私の頭を抱える腕は冷たい。

 目を閉じる気になれず、ぼんやりとしているとやがてイリーナが少し身動ぎした。


「……ハヅキは怖くないの?」

「何が?」

「…………私」

「イリーナを?」


 どうしてと問えばイリーナは変な顔をした。


「……今は平気だけど、お腹空いてる時はいつ喰べちゃおうか考えたりしたのよ?」

「生理の時とか?」


 含み顔で言えばイリーナは少しだけ剥れた。


「……我慢できないほど美味しそうだった?」

「……そうね。その通りよ。……ごめんなさい……気を悪くしたでしょう?」

「全く」

「本当に?」


 イリーナが心配そうな顔で覗き込む。私を食べ物扱いするのは抵抗があるようだ。優しいなと思う。私が餌という事実は今更変わらないのに、目の当たりにしないように気を使ってくれているのがわかる。

 私は微かな苦笑を浮かべるとイリーナの首にすがりついて胸に擦り寄った。


「私から話振ったんだから気にしないで?もう嘘なんてつかなくていいし、変に誤魔化さなくていいよ。自分の立場は理解できてるつもりだから」


 イリーナは私の好きにさせるつもりのようだ。私はイリーナに耳を押し付ける。イリーナの心臓が一度動く間に私の心臓は十回以上も動く。

 この心臓は六百年もの間、鼓動を刻んだものだ。ゆっくりと、のんびりと。そのせいか、それを聞いているだけで落ち着く。

 ——って、心の中ですらも自分を欺く私。なんて面倒くさい女だろうね。



「……何で、」


 暗い部屋。隣にはイリーナがいる。なのに、私の声は部屋によく響く。これでも声を小さくしたつもりだったのに。


「……こんなことになったんだろ」


 小声というよりかすれてしまった声は聞き取りづらいものになった。イリーナの胸に顔を埋める。大きな胸が柔らかい。絶対にEはある。なんで垂れないんだ。巨乳の宿命じゃないのか。それとも吸血鬼は垂れないのか、そうか、吸血鬼だからか。


「こんなことって?」

「……今頃日本から戻ってきてたはずってこと」


 休暇を利用して家族に会いに行くだけのつもりだった。

 事の発端はインターネットで小野葉月について調べようとしたことだろう。自分が日本に於いてどのような状況にいるのか知らないことに遅ればせながら気付いたのが半年前だ。

 そして調べて分かったのは小野葉月は死亡しているという事実だった。行方不明になってから二ヶ月後に捜査が打ち切られ、その約一年後、遺体のないまま葬儀が行われたという。現場——恐らく私が襲われた路地に残された夥しい血の量に生存はあり得ないと判を押されたことが原因のようだ。

 慌てて覚えていた母の携帯電話に電話をかけたが、聞こえてくるのは懐かしい日本語、ただし機械音のそれのみだった。

 どうすればいいのか考えている時に今回の休暇の話が持ち上がった。連絡が取れないのなら一層の事会いに行こうと考えたのだった。

 家に行って生存報告だけして戻ってくる予定だった。誰にも言わなかったのは絶対に止められると分かっていたから。


 

「……なんでダメなの?」


 彼等は時たま日本の話題を口にはするのに、そのくせ私のことは置いてきぼりのままその話題をさらりと切り上げる。

 私がそのことを言及する間もなく。前は日本に帰してくれようとしたことだってある。だが、今は日本という言葉を口にすることもさせて貰えない。

 イリーナの顔に後ろめたさが漂った。まだ何かを隠している。それを言おうか言わまいか、彼女は悩んでいる。


「それは——……」


 その時電子音が鳴り響いた。二人同時に同方向を見る。イリーナはそこにあったケータイを手に取った。電話だ。

 会話しながら彼女の顔が曇っていく。呼び出されたようだ。

 イリーナの顔を見ながら「私は平気」と口パクで伝える。彼女はそれを見て眉を垂らす。しかし、それから彼女は慌ただしく用意して部屋を出て行った。

 額に一度キスを落としてから。


 彼女を見送って、それから私はぼすりと音を立てながらベッドに倒れこむ。四肢を投げ出して横たわる。

 体は気怠いが目が冴えていた。明らかに寝過ぎの症状だ。体力を回復させたくて無理に寝るのだが、寝ても寝ても体力が回復しないのだからどうしようもない。

 とは言え、残り少ない体力を使ってまで無理にしたいこともない。ならば寝るしかないというように、堂々巡りを繰り返していた私は今更睡眠を必要としていなかった。


 主は案外甲斐甲斐しかったなとこの三日間のことを思い返す、それぐらいしか結局できることはなかった。


 主は毎日食事を作って食べさせてくれた。その料理のどれも文句無しに美味しい。しかし、自分から食べる気にはなれず、主が食べさせてくれて初めて食事するという体たらくさ、自分でも呆れ果てる。風呂だって気付いたら入れられている状態だった。あんなに見られて触られて舐められた後だ。何か文句をつける気も起きなかった。

 しかし、その代りだというばかりに主は私を好きにした。

 餌を与えられ、膝の上で撫で回される。本当に愛玩動物になってしまったなと何度も思った。些細な願いの筈が現実になって私は小さな笑いを漏らしたのだ。


 その生活に主は何も言わなかった。私も何も言わなかった。


 いずれこうする予定だったと主は言った。主は私を僕だと言った。ならばあれが二人の正しい姿だったのだろう。今までがおかしかったのだ。

 だから、私は何も言わなかった。抵抗もしなかった。

 主も何も言わなかった。

 ただ無言で求められ、私もまた無言で応じるだけだった。


 主は私の体にキスをしたがった。それに愛おしさが孕むことはなく、噛み付くような荒々しい口付けが肌に落とされる度に跡が増えた。

 唇ではない硬いものが肌に押し当てられ、その冷たさに私が身を震わせると肌を嬲るものが唇に変わった。そして代わりとばかりに強く吸い付いて赤い痕を残した。

 あの部屋にいたのはたったの三日ほどだったというのに、私の体で主が触れていないところは既に無くなっていた。


 ただ、何度も繰り返し触られる中で一度しか触れられていない場所があった。


 私の指がそこをするりと撫で上げる。引っ掛かりなど何もない。

 決して浅い傷ではなかった。血管を傷つけたのだ。こんなにもすぐに、跡形なく治るなんてあるはずがない。

 そう思うのに確かに傷はないのだ。私の首には。

 傷跡を舐め上げる、その行為だけだ。主が私の首に触れたのは。

 その行為の後、ほんの少しの痒みを伴って私の傷は治った。

 どこの漫画だよと思ったのを覚えている。口にする体力が残っているはずもなく、心で思うだけだったが。

 そして、それ以降、主はただの一度も私の首には触れなかった。キスしなかった。血を飲むことも、しなかった。

 

 ルシアンは言った。快感が味を最高のものにするのだと。

 それを聞いてから異常に気がついた。

 彼等に性欲はない。

 それでもsexをするのは彼等が最大限旨さを引き出した血を飲みたいがためだ。

 なのに、主は血を吸わない。快感を引き出すだけ引き出しておいて血を味わおうとしなかった。


 ねぇ、主様。なんでですか。なんで私の血を飲まないんですか。

 どうしてですか。そんなにも私の血は美味しくなかったのですか。二度も飲みたくないほど不味かったのですか。

 それとも他に何か理由があるのですか——




 私はハッと顔をあげた。

 エレベーターが動いている。

 それに気がついた私はベッドから飛び降りた。あんなにも動かなかった足が勝手に歩き出す。最初はゆっくりと、次第に駆けて。壁に伸びた指が一つのボタンを押す。

 玄関に着いた私の腕は、扉を叩いた。


 確信なんてない。ただの勘だった。


 三度落とした拳が四度目、何にも当たらずに空ぶった勢いで体が前に飛び出した。それを抱きとめた腕があった。



 ゆっくりと顔を上げた私は静かに挨拶を述べる。


「……こんばんは」


 その人に、丁度今会いたかったところなんですと告げる。


「貴方にお伺いしたいことが御座います」




——ねぇ、教えてください。主様。




今回長くなった反動で次回短いかもです……キリが悪かったんです……(´;ω;`)

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