ここはどこですか?(上)
英語とかでてきますが、なにぶん英語力低めなもので……間違ってたりこっちの方が違和感ないよってことあったら教えていただけると有難いです(´・ω・`)
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——……………………です
——…………通報が……ました
……ん、なに?
誰の声?
——…………不明……なっているのは、小野葉月さん19歳
……あれ、私と同じ名前じゃん。
——……は………血痕と毛髪が残されており、警察はDNA鑑定……い事件……関連性を…………
え、何これ。ニュース?
なんで、声は聞こえるのに何も見えないの……って、そっか。
ガバリと起き上がろうとして、動かすものがないことに気がついた。
私、死んだんだ。
そうだった。
変な化け物に襲われて。
今の私はきっと魂の状態。
目が無ければ、そりゃ何も見えないよね。
一人で勝手に納得している間もアナウンサーは淀みなく話し続ける。
——……昨夜二時ごろ…………、悲鳴を…………
——葉月さ……両親は……
両親という言葉にハッとする。
二人は私が死んだことを知らない。……はず。
心配しているだろう。母は泣いているかもしれない。
家族の動向をしれるかも、と必死に意識を集中させるが、急に声が遠のいていく。
ああ、もう!さっきから掠れてばっかりでよく聞こえない!
地団駄踏みたくとも、踏む足が無いのだからストレスは溜まっていく。
苛立ちが頂点に達した時だった。
「——————?」
無いはずの体がピクリと跳ねた気がした。
——すぐ近く。本当に近い。おそらく、十センチと離れていない。それぐらい近くから声が聞こえる。
聞いたことの無い言葉。
「——————————」
私に話しかけているの?
何を話しているか全く理解できない。が、不思議と心地よい声。
低くて、掠れた、男の声。
言葉の羅列が不意に途切れる。不安に思った数秒後、額に軽い重みを感じる。
「————……」
短い言葉に孕んだ優しさ。ふわりと香った甘さに……その心地好さに、私は意識をゆっくりと手放した。
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パチリ、そんな音がした気はした。
目が覚めてから何日も経った今では気のせいだったんだろうなと思うけど。
最初は自分が起きているなんて気付かなかった。何故って真っ暗で、何も聞こえなくて、体も動かない。死んでいるかどうかも分からない。
何より死んだって思っていたから。何か夢を見た気もするけれど、走馬灯のようなものだった気もする。
……それが勘違いだったと知ったのはいつだっただろう。
扉の開く音だったか。話し声だったか。誰かに触られたという感触だったか——どれだったかなぁ。
そして気付いたのはここが日本ではないということ。何故って、言葉が全く通じなかったからだ。
***
蝶番が軋む音がする。
それは私にとって大事な音だ。一日の始まりを知らせる音で、そして、一日の終わりを告げる音でもある。
扉が開いて数秒後、沈黙を解すのは決まって同じ声。
「——————」
毎日決まって発される言葉は、生粋の日本人の私にとっては聞きなれないものだった。
私が知っているのは僅かな英語のみ。それ以外の言葉は全くと言っていいほど知らない。故にこれが何語なのかすらも見当つかない。
彼——おそらく男性は、何度もその言葉をゆっくりと繰り返す。
「……どーぶらえ、うーた?」
それは、最後が聞き取れていない私がなんとか口真似するまで続く。何回言ってもその人と同じように発言できているようには思えない。
しかし、その人は私の拙い言葉に応えるように、もう一度同じ言葉を言ってから頭の上で手を二三回跳ねさせる。
きっと『おはよう』を意味する言葉なのだと思う。そのことに気がつくまで一週間は少なくともかかっているけれど、気づいてからはおはようという意味を込めてその言葉を言うようにした。
その人は私に言葉を教えようとしているのだろう。目が見えればもっと早く覚えられるだろうに。しかし、それは口にしたところで意味のない言葉だ。
今、私の両目は、包帯で深く閉ざされている。気付いてすぐ解こうとしたのだけれど、彼が突然普段と全く違う声で私の腕を押さえつけた。
何を言っているのか全くわからない。彼がどんな表情をしているのかも分からない。しかし、必死さだけは伝わった。
私はベッドに縫いとめられながら、それは——包帯を外すことは、決してしてはいけないことなのだと感じたのだった。
今は、もう受け入れている。
目が見えなくなってしまったということを。死ぬよりはまだましな運命だったとも言える。神様の皮肉はよく効いてるね。まったく。
以前一度だけ考えたことがある。自分の目が見えなくなった時、自分はどうなってしまうのかと。
自他共に認める本の虫だった私は、小説が命だった。バイト代だって基本、本に消えた。
そんな私が今、本を絶ってすでに一ヶ月は過ぎようとしている。
感想を言えば、まぁ、命を失っても案外生きていけるってことぐらいかな。
生きているのは、名前も知らないそこのおかた達のおかげですけれど。
そんなことを考えていると背中に手が差し入れられてゆっくりと体を起こされる。そして数秒の間が空いてトントンと口元を二度叩かれた。
私はその合図に合わせて口を開く。すると、口の中に暖かな液体が流し込まれた。
今日はじゃがいものポタージュスープ。火傷しないようにか、それは少しだけ冷めていたけれどとても美味しかった。
「ご馳走様でした」
小さく呟く。先ほどの言語を使うようになってからも「いただきます」と「ごちそうさま」だけは日本語で言っていた。なんとなく、日本語じゃないとそういう気分になれなかったから。それだけの理由。
「えっと……ふ、……フクースナ……?……スパシーバ」
それを聞いた手が頭の上で跳ねる。
今のはたぶん、美味しい、ありがとう、の意味であっているはずだ。でないと、頭をポンポンされることはない(と思う)。
その男は昼食が終わるまで一緒にいる。簡単な単語、例えば腕だとか、指だとかを教えてくれる。聞けば聞くだけ答えてくれる。
リズミカルに扉をノックする音がすれば、それは昼食の時間になった合図だ。
……軟派男がやって来る。昼食と大抵土産を持って。
「Hi,bunny?How you doing?」
私のことをバニーと呼ぶこの男。午前中の彼が英国紳士なら、こいつは絶対にイタリア人だ。……話しているのは英語だけれど。心の中で紳士と遊び人で呼び分けている。
「……All right,I guess」
「I doubt that」
まあ、いいんじゃないの。的なこと(たぶん)を返した私に、そうとは思えないな、と返す遊び人。
私の部屋は朝から晩まで扉を閉められることはない。だからノックする必要はないのだけれど、目が見えないことを気遣ってか全員ノックをしてから部屋に立ち入る。いくらチャラいとはいえ遊び人もそこはキッチリ忘れずにノックをしてくれる。悪い人ではないのだろう。
こいつのお陰で私はちゃんと地球上にいると知った。正直最初は異世界にいるんじゃないかとビクビクものだったからね。
とはいえ、私の英語力ではここまでが限界。挨拶が精一杯。というわけで午後は遊び人とお勉強の時間。
紳士はまたねって言いながらいつも退室する。私は同じように「ダ、スヴィダーニャ」って返す。たぶんばいばいって意味であっているはず。
遊び人と勉強と言っても大したことはしていない。ただお話をするだけ。世間話と言ったようなものをただ延々と話す。……いや、延々と、は正しい表現じゃないか。
まず聞き取れてない。学校の教材は、日本人のために作られた英語で、本場の人間の話す英語とはやっぱり違うものらしい。今までの経験が殆ど役に立たない。
そして、聞き取れたとしても単語の意味が分からない。自分が知っている単語はせいぜい高校の教科書レベル。ちょっと細かい話をするには些か足りない量の単語しか知らないし、意味なんて忘れてる単語が殆どだ。受験勉強……必死にしたのにな。
辞書を引こうにも目が見えないから引くこともできず、ただ頭を捻るのみだ。
それでも会話しようとするのは遊び人の話は興味深いからの一言に尽きる。いや、だって本当に面白いのだ。必死に会話をしようとしている自分がいる。いや、しなければならないという使命感に駆られる。ジャンルは多岐に渡るが、その中でも特に、歴史的なお話が一番面白い。研究者かと思うほど細かい話まで知っているのだ。
それだけ熱中していても、数時間ぶっ通しで話しているとなると集中力が切れるのは当たり前なわけで。お腹すいたなって思うと同時にノックの音が響く。その音に私はいつも目を輝かせる。




