なんでこんなことになったのか(上)
約二週間ほど空いてしましました……長らくおまたせしてしまいすみません!!
えー……と。
わたくし、どうしたらいいのでしょうか。
困惑した表情を隠すことなく頭をあげると、すぐに押し込められてまた同じ体制にされる。
正直長時間このままは退屈だ。
余りにも暇なのでちょっとしたゲームでもしますか。
——さて、画面の前にいる皆様。
私は今どのような状態にいる思いますか?
当たった方には……うん、適当な小噺でもお話しします。
「……さっきから何を考えている」
ドキィと肩が跳ね上がる。
「お前は今ウサギなんだろう?」
耳元で囁かれた声に私の体がゾクリと反応する。
主の声は腰にくるような超色気たっぷりの低音ボイス。……それが耳のすぐ横で、若干掠れてて、しかもなんだかほんのり甘さが含まれて「ペットらしくしていろと言っている」「はい」
素直に返事したのにウサギは人語を話さないと返され、顎に梅干しを作る。
「にゃぁ」
「……お前はいい子だな」
主は私ではなく私が抱いていた猫を愛おしげに撫でる。
あんた誰よ。その言葉を必死で飲み込む。
——どうしてこんな状況になったのか。
原因として思いつくのは遡ること二週間。
雪も溶け始め久々に丘の上の木の所まで散歩に行った日のことだ。
* * *
空耳かな、とか呟きながら辺りを見渡す。あるのは木ぐらいで、隠れられそうな茂みもなければ、大きな岩ひとつない。
だが、再び聞こえてくる鳴き声は非常にか細い。
思わず見上げた先にその子はいた。
「にぃー……」
満足ににゃぁとも泣けないくらい怯えている。降りれないのならどうしてそんな所に登ったのと文句を言いたい所だが、猫相手に言っても意味なんてとんとない。
「にぃ……」
「しょうがないなぁ……」
私は一番近い枝を掴むと、蹴上がりの要領で枝の上に登る。ぶら下がった瞬間に枝がミシリと音を立てたもんだから、すぐさま太い枝に体を移した。
「やだやだ……」
落ちたらそれなりに痛いので、私は手早く登った。
ようやくあと少しの所に猫発見。
「ちっちっ……おいで〜」
猫のいる枝は流石に細すぎて登れないので、その下の枝から手を伸ばせばその猫は簡単に跳んできた。
「お、賢いなお前……ていうかちっさ」
体だと思っていた大部分はモサモサの毛だった。かなり驚き。
シルバータビーな柄的にはアメショかなと思うのだが、にしても毛が長い。
ロシアみたいな極寒の地にいる猫は環境に適応して毛が長くなるらしい。
「お前のお母さんはどうしたの?」
「にぃ」
「いないの?」
「に……」
この辺で猫など見たこともないから、やはり母猫はどこかに行ってしまったのだろう。
このままここにおいていくこともできるのだが……。
「にぃ……」
「うっ……」
そんなことできるわけない……!!
私は辺りを素早く窺って誰もいないことを確かめると、その子猫を素早く抱き上げた。
私に課せられた使命は誰にもバレずに部屋まで辿り着くこと。
「よし行くか!」
「に!」
「あ、泣いちゃダメよ、絶対に」
「……」
マジで賢いわこの子。
第一のミッションは難なくクリア。
部屋に戻ってきた私はすぐにこの子の寝床作りに着手した。
といっても適当なダンボールを見繕って中に毛布を敷いただけである。
それをその子に見せると嬉しそうに中に入っていった。ただ毛布はいらないらしい。グイグイ外に押し出そうとするので毛布を引っ張り出すと中でくつろぎ始めた。気に入っていただけたようで光栄です。
これで寝床はオッケー。
食事も缶詰などでなんとかなりそう。備蓄はたんまりあった。人間用であることだけが気にかかるが。
ダンボールの中で私の手をガジガジ噛んでいるそやつは体は小さいなりに、歯は生えそろっていた。子猫と言っても生まれてから結構経っているらしい。
「これならトイレもすぐ覚えるかな……」
じいっと箱の中の猫を見ると、にぃと小さな声が返ってくる。まるで、私行儀はいいわよと言っているよう。
「……どんな砂でも文句言わないでね?」
「んに」
了承を得られたようなので多めに持ってきておいたダンボールを組み立て始める。囲いを高めにしておけばまぁいいか。そしてまたダンボールの中に先ほど組み立てたダンボールを設置する。これで外に飛ぶようなら新聞紙でももらってこよう。
「……問題は爪研ぎか」
流石に壁をガリガリされるのだけは勘弁してほしい。隠せるものも隠せられなくなってしまう。
「……芸がないけど、ダンボールでもいい?」
「……にぅ」
あああああ、ごめんね!買い物行ける許可出たら真っ先に君のためのグッズ買い集めるから!!だから、そんな悲しそうな顔しないで!!!!渋々頷かせてほんとっほんとにっごめんよ!!
必死さが伝わったのか、子猫は仕方ないとでも言うように小さく鳴いた。
ほんとごめん。
そんなこんなしていると時計が十三時を知らせるべく鳴り始める。そろそろルシアンが来るはずだ。
私はお気に入りとなった寝床に両手を入れる。引っかかれることも覚悟のうちだったが、子猫は大人しく抱き上げられることにしたようだ。私の膝の上で大人しく座っている。
「……君も気づいてるかもしれないけど、君を買うことには誰にも内緒だから。誰か来ているときはちょっと狭いところに行ってもらうけど、……それでも平気?」
こくり。
「後鳴くのもダメよ?大丈夫?」
こくり。
「ああああああお前さんはほんといい子だな!誰もきてないときは自由にしてあげるから!ほんとごめんね!!」
本当は抱き上げて頬ずりしたいところだったが、嫌われるのが怖くてできなかった。
はい。臆病者ですとも。
クローゼットの中にダンボールごと猫を押し込んだすぐ後にルシアンはやってきた。
「あれ、戻ってきたばかり?」
「へ?」
なんでそんなことを聞くんだろう。実は猫を連れ込んだのを見ていた?だとしたらマズイなんてものじゃない。
「……さっき戻ってきたの。猫と遊んでたら時間忘れちゃって」
平静を装う私の掌は汗で湿っている。冷や汗なんてかいたの久々だ。
私に不審なところは見つからなかったようで、ふぅんと相槌が打たれた。
「だからか」
ルシアンが徐に手を伸ばして私の腕に触れる。それはほんの一瞬でルシアンは私の前にその指先を翳した。指先というより持っているもの、の方が正しいか?
「毛がついてたよ?」
「どうも……」
猫と遊んでたって言ってよかったーーーーー!!!!!
ルシアンの持つ毛は灰色で、明らかにあの子のものだった。余計な誤魔化しをする手間が省けた。
その後ルシアンに促されるままコートを脱いで、いつものように講義を聞いて(今週はずっとフィンランド語だったから内容はいまいち自信がない)ルシアンが帰るのを笑顔で見送った後、私はすぐにクローゼットへと向かった。
「……ぉ~ぃ」
クローゼットを少しだけ開けて小声で呼びかけるが、返事が返ってこない。
何かあったかと顔色変えてクローゼットを引き開ける。クローゼットの中に光を入れると、ダンボールからフサフサの尻尾がはみ出て揺れているのが見えた。
「……お前本当に賢い子だな」
ポツリと呟けば当然でしょとばかりに鳴き声が返ってきた。
しかし、その声はいまいち頼りなかった。よくよく見てみればその小さな体は震えている。
よしよしと頭を撫でてやれば喉をぐるぐる鳴らす子猫。頭の中では別のことを考えながらもその手を止めることはしなかった。
猫と暮らしていく中で何が大変って、猫砂の交換のために毎日砂を持ち帰ることだった。捨てる砂は袋に小分けにしてすてればいい。だが、持ってくる砂に関しては誰にも見られないよう部屋まで持ち帰らなければならない。
隠し場所が自分の服の中しか思いつかず、ジュードが見てないときに回収し違和感ないよう服の中に入れる。コートでも着ていれば容易なことだったが、これから運動するっていうのにそんなもの着てたら不自然だ。
というわけでいつものようにミッションインポッシブる。
「……何やってんだ、お前」
「っ……作るんだよ!」
「何を?」
「……『泥だんご』」
「ドロダンゴ?」
私がトムになろうなんて烏滸がましすぎました。
* * *
それは一週間ぶりだった。
話を聞けば主はオーストラリアに行っていたそうだ。
水分を摂らずにパンを食べるとは私の中では愚の骨頂とも言えるほどの行為だが、子猫のためにも少しでも主がここにいる時間を減らす必要があった。
私は目の前にある最後のバターロールに手を伸ばす。
なんでこんな時に限ってこれなのか。クロワッサンならまだ水分持って行かれずに済むのにとか思いながら口に放り込んだ欠片は少々デカかった。
案の定喉に詰まらせ慌てて水、水、言いながらグラスに手を伸ばす。
だが、その手がグラスを掴む前に信じられないものが聞こえて私は顔をあげた。
見えたのは新聞に顔を埋めて笑う主の姿だった。
本当に思わずと言った様子だった。
……驚きすぎて喉がゴクリと音を立てた。
「はははっ」
すごい面白そうに笑うから水のことなんて忘れてその様を凝視する。
想像してほしい。眉間に皺を寄せて新聞を読んでたおっさんが破顔して大声あげて笑っているのだ。
いつ見ても笑わないおっさんとしか思っていなかった分、その笑顔の破壊力は抜群だ。
少しだけときめいてしまった。
年上相手に使う言葉ではないが、……どこか可愛く見えたのだ。
一頻り笑って満足いったのか、主は今まで持っていた新聞をテーブルに置いて長い足を優雅に組む。……ほんとなっがいな。嫌味か。
勝手に僻んでケッと悪態ついていると主がまた笑う。
「そんなに慌てて食べる必要はないだろう?」
僻む私を他所に主は私の顔を覗き込むようにテーブルに肘をついた。予想以上の近距離に慄いた私は少し体を引いて主を見つめた。
主の瞳は見る角度で色を変えることを今知った。今は濃い灰色。その瞳が私を真っ直ぐに見つめる。
目を離そうにも、絡み合ってこんがらがった糸のように何をしようとしても解けない。
子ウサギどころかリスのようだという主の感想はあまり耳に入ってこなかった。
もう一度思い出したかのように笑う主にようやく動いた口で笑いすぎです、と訴えた。
「悪いがこんなに面白いことは久しぶりだったんでな」
心なしか口調もいつもより砕けている気がする。じぃっとその姿を見つめていると主は何事か呟いた。
しかし、その声はあまりに小さくて私の耳には届かない。何を言ったのか気になるがもう言う気はないらしい。
「そんなに笑わなくても……」
「いやいや、だいぶ面白い。私が笑わないから居心地が悪かったのだろう?捨て身のジョークなかなか良かった」
教えてもらえなかった腹いせに文句を言えば、とんでもないお返しが来た。
まさか、まさか。内心をガッツリ見透かされていたとは思っておらず口元がひきつる。さっきまでブスくれていた不遜な私はどこへ消えたのか。
主は何も言えずにいる私の顔を見るとニヤリと笑った。
「だが、それだけじゃないのだろう?」
その微笑み一つで肌が粟立つ。
何を言う気——私は無意識のうちにクローゼットへと視線を滑らせていた。
「誰かのために急いでいるのか?」
バッと顔を上げると、少し目を細めた主と目があった。口元は薄っすらと笑んでいたが、私の反応を見ると同時に口元を更に引き上げた。
謀られた、と分かってももう遅い。
「正解のようだな。……大方クローゼットの中か?」
「いやっ、ちょっと」
待ってと言うよりも早く主はさっさと歩いてクローゼットに手をかけた。
「だめ!」
叫んだ瞬間、開いた隙間から何かが飛び出した。それを恐るべき反射神経で掴んだ主はやっぱりか、と呟いた。
その手にはもさもさの子猫が握られていた。
企画倒れしそうな企画第一弾(笑)もし正解した人いたらリクエストで番外編書いてみようかなぁと思ったり。