バチがあたった……んだろうなぁ
初投稿です。プリンなみのメンタルしか装備してないのでお手柔らかに頼みます。若干の残酷描写ありますので御注意を
*投降後、加筆修正あり
「やめて!」
何度、悲鳴を上げただろう。
何度、涙を流しただろう。
けれど、誰にも届かない。
救いの手はさしのべられない。
——どうして、こんなことに。
なんて考えてみたら、理由が沢山思いついてしまうところが後悔しきれない。
今日のバイトが深夜じゃなければ。
母親にいつも通り電話をしておけば。
言いつけられてたように表通りを通っていれば。
きっとこんなことにはなっていない。
「いたっ……!」
頭皮に引き攣るような痛みを覚えて悲鳴をあげる。
目の前の男は私の髪を咥えてにたりと笑った。今の痛みは髪の毛抜いたせいかと驚愕していると、そいつは咥えていた髪の毛を飲み込んだ。男が浮かべた恍惚の表情に全身が粟立つ。
「この……っ化けもの!!」
威嚇をしても、そいつは私のことなんて歯牙にもかけない。
ただニタニタ笑うだけ。
幾ら凄んで見せても片手しか動かない状態では何もできない。両の足でその場から逃げることも、その男の手を取り叩き折ることも。
なんのために道場に通い続けたのか。こういう暴漢を退けるためではなかったのか。
悔しい。すごく悔しい。
気配に気付いていても、眠すぎて対応できなかった。実際油断していた。ほんとにこんな化け物が存在しているだなんて思っていなかったから。
襲ってきたのが、ただの人間だったならたぶん今頃家で寝ている。そうできるだけの実力が私にはある。そういう油断がこの結果を招いた。
目の前の化け物は人間ではない……と思う。
口元から覗く長い牙がそれを告げているように感じる。
反則でしょ……漫画の中の吸血鬼はもっとかっこよかった。
イケメンに血を吸われて死ぬのならまだいい。しかし、こんなにも気持ち悪い男に首元かまれるなんて、嫌すぎる。
そこまで考えて、まだ余裕がある自分に呆れた。
私の体で遊ぶのに飽きたのか、目の前の化け物は私の髪の毛を噛みちぎり始めた。
うわ。腰まで伸ばすの大変だったのに……っ。
て、成人式なんて出れるわけがないことに気がついて一人苦笑する。血を吸われて干からびてミイラみたいになった私は、おそらくすぐに燃やされて骨だけになる。髪なんて邪魔でしかない。
……というか、殺すのなら早くしてくれ。
ブチブチ私の髪を引きちぎるその化け物に恨みがましい目を向ける。
生殺し状態は好きじゃない……好きなわけない。
私の恨めしい心中が通じたのか、化け物はようやく私の首元を舐めた。数十分も弄ばれ続けた私にもはや恐怖という感情は残っていなかった。ただ堪え切れない嫌悪感と後悔の念があった。
その化け物の吐息が首に当たる。
変に甘ったるい臭いに胸焼けしそう。
そして、とうとうその時が来てしまった。
冷たく硬いものが肌の上をツーと滑る。
噛まれた人間が吸血鬼になるって本当なのかな——
硬いものがうなじに届いた時、私はつい、自分が吸血鬼になった姿を想像してしまった。
おぞましい姿で、浅ましく血だけを求める化け物——そんなの。
「……やっぱ、無理!!」
首にそいつの牙が埋まった瞬間、私は唯一生きていた左手を振り上げた。
親指が柔らかいものを押しつぶす。耳にグヂュッと、できれば二度と聞きたくない音が届く。
「ぐぁっ!?」
化け物は私の首から手を離しのけぞった。男の右目も潰す算段をしていた私は好機とばかりに体を捻る。が、私の体は私の言うことを聞くことなくとさりと地面に倒れこんだ。折られていた部位に変な力がかかり、膝に激痛が走る。
しかし、私の頭はそんな痛みなんかより違う感覚に支配されていた。
なに……これ。
血管の中を何かが這いずっているような感覚……というのが一番近いだろうか。
それは体を麻痺させるのか私の体は動かなくなっていった。最初は思ったように力が出なかっただけなのに。今では指が鉛のように重い。
違和感はゆっくりと時間をかけて強大なものへとなっていく。気付いた時にはもう手遅れだった。
「ああっ……!?」
夢から醒めたかのように、突然全身から強烈な痛みを感じた。こんなこと有り得るのかというほどの痛みは神経を伝って私の脳をパンクさせようとしているようだった。
気が狂いそうな痛み。こんなにも痛いのに私はどうすればいいのか分からないのだ。どうしたらこの痛みから逃れられるのか知らないのだ。
激痛を伴いながら、それは私の体内をさらにさらに破壊していく。
視界の隅でこちらに手を伸ばす男が見えた。男の表情は今まで以上に歪み、真っ赤に充血した瞳が一つだけ私を睨みつけていた。
誰か……
声にならなかった悲鳴は私の喉の奥へと力なく消えていく。
男は再び私の体に噛み付いた、のだと思う。感触、なんてもう感じられないのだ。私に残されたのは視覚と聴覚、ただそれだけなのだ。
突然、体内を蠢くそれの勢いが増した。私を苛むそれは時間の経過と共にさらに大きく、量を増し、苛烈なまでの凶悪さで私の体を崩していく。
——血を飲む音が聞こえる。
それはゆっくりと手足を壊し、臓器を腐らせ、耐えきれない痛みを、苦痛を与え続ける。侵食はとうとう首までやってきた。
首なんてあっという間に破壊して眼球に到達する。
視細胞が破壊されているのか、残された視界がじわりじわりと幅を狭め世界を黒一色に染めていく。
その後聴覚も。残された自由を奪っていくその毒が憎かった。
だが、奪われるだけなんて、私の気がすむはずがない。
無理に動かしたせいで筋肉が切れたって別にいい。神経が死んだっていい。どうせ、私はもうじき出血多量で死ぬんだ。腕の一本や二本くれてやる。
ドッドッドッと体内から響くように伝わるそれは、たぶん心臓の最後の足掻きなのだろう。
送る血はほぼ無いのだから、動く意味がないのに。
視覚も触覚も聴覚も痛覚も全て失った私が一矢報いれたかどうかなんて分からない。
だが、あたりに生き物の気配がないのは確かだった。動くものは何もない。そのことは何を示すのか——
そんな中風が動いた。誰かが近くにいるらしい。そいつが大気をふるわせる。が、もはや私には思考する体力すら残っていなかった。だから、私は。私に向かって問いかける存在に感想を告げた。
……あーあ。
死ぬときは、お婆ちゃんになってると思っていたのにな、と。