惨
あれから月日があっという間に経ち私もようやく学園に入学でき、入学式が終わってすぐディズのいる教室へと足を進める。
驚かせたくて教室の扉の隙間からそっと中を覗き見て……そこから見える光景に、私はその場から動けなくなってしまう。
そこには――楽しそうに可愛らしい女性と話すディズの姿があった。
二人の会話の内容は此処からじゃあまり聞こえないけれど、ディズの表情は大切な人を見るような柔らかなモノで……私にはそこまでの表情は見せた事なかったからこそ、胸がぎゅっと締め付けられる。
ふと周りの上級生が私を不思議そうに見てくる視線に気付き、慌ててその場を離れて自分の教室に戻った。
教室に戻ってからは、先生や周りの同級生の声がほとんど入ってこず、ただ胸の内が苦しくて仕方ない。
私とディズはお互いの両親が親友同士で、子どもが別々の性別で生まれたなら婚約させようと約束していたという。
そして先にディズが生まれて、私は一年遅れて誕生し両親は喜んで私達の婚約を公にではないものの成立させた。
お互い小さな頃からそれぞれの家を両親と共に行き来して、それなりに愛は芽生えていたと思っていたのだけど……それは私の勘違いだったのかもしれない。
私の想いは恋だったけど、もしかしたらディズにとって私は妹みたいなモノじゃないのかと、今なら思える。
だって私に向ける目と、さっきの可愛らしい女性に向けていた目は全然違う――あんな熱の籠もった目で、私は見てもらったこと‥‥ない。
きっとディズはあの女性に恋をした。私との婚約は、追々破棄されてしまうのかもと思うと涙がじわじわと滲み出る。
今自分が居る場所が教室であることを思い出して、慌ててハンカチで涙を拭う。
私から婚約破棄を言いたくはないから、ディズが言うまで私は何も言わない。本当はあの女性が憎いとすら思うけど、ディズに嫌われたくないから手出しする気は全くなかった。
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それから数ヶ月が経ち、私とディズはほとんど学園で会う事はなく、ただ虚しい日々が過ぎていく。
時々耳に入ってくるディズとあの女性―ミリアンという名らしい―との噂が、私の中に暗い火を灯していった。
私の大切な人を奪ったあの人が憎い、憎くて憎くて仕方ない――だけどそれ以上に、私に何も言ってこないディズがもっと憎い。
あれから待てども待てどもディズは私に対して、会話どころか婚約破棄すら言い渡しにこない。もしかしたら、公の婚約ではないから破棄を言うつもりもないのか……もう私と関わりたくないのか。
もやもやとした気持ちを晴らしたくて、昼休み裏庭に足を運んだら――そこにミリアンさんが先に居て、私は思わず木の後ろに隠れる。
「ふふ、ディズ様も呆気なかったなぁ……逆ハーエンドを築くには後はロイズ様とレイズ様のイベントだけね。皆単純で可愛いったらないわ」
「っ?!」
聞こえてきた内容に私は一部の言葉の意味が分からず、一瞬呆けにとられるもじわじわと怒りがこみ上げていく。
ディズ以外に挙がっていた名前は、学園でも有名な公爵子息のモノ――要はこの人は、ディズのみならず他の子息も手玉にとろうとしているのだ。
ディズが恋情を向けた人が、こんな尻軽な性格だったなんて思いもしなかった。
胸の内の怒りを我慢することができず、私はミリアンさんの前に姿を現すと――みるみる顔色が強張っていく。
「あ、あなた……まさか今の話聞いて…っ」
「ええ、全部聞きました。まさかディズ以外にも手を出されてたなんて……あなたにディズは渡さないっ」
「どこの誰か知らないけど、あなたディズ様の何?」
「私は、ディズの婚約者のセレスです」
「あら、おかしいわね……ディズ様は婚約者なんていないと言ってたわ、嘘は良くないわよ」
私の返答に対してフンっと鼻を鳴らし馬鹿にしたような顔でこちらを見る目に、怒りで頭が沸騰しそうになったけど――それ以上にディズが言ったという婚約者なんていないという言葉に、私の色んな想いがガラガラと崩れ去っていく。
「ねえ嘘つきさん、仮に私の言ってた事を皆様に言ったとして、皆様は絶対信じないと思うわ……精々無駄な足掻きをなされば?」
「っ!?あなたみたいな人にディズの傍に居てほしくない!!」
「キャッ?!」
耳元で囁かれた嫌みに、色んな気持ちがごちゃ混ぜになってカッとなり――私はその人を思わず突き飛ばしてしまう。
その瞬間、草を踏みしめる音が聞こえて……青い顔をしたディズがこちらに向かってきているのが見えた。
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