第七話:私、一緒に学校に行くの
朝6時半。目が覚めた。夏ごろに比べて陽の差し方が変わった気がする。少しずつ夏の陽気忘れ始めた頃だ。夜寝苦しくもない。
ベッドから降り、顔を洗いに階段を降り、洗面所へ向かう。
「あ、おはよう。おねえちゃん!」
階段を降りると、リビングのソファに座っていたメリーがこちらに気付いた。
幽霊であるメリーには睡眠が必要なかった。なので夜は家の中を適当に徘徊しているらしい。寂しい思いをさせてしまっているとは思うが、生きている人間には睡眠が必要不可欠なものだ。致し方がない。
「おはようメリー。すぐ朝御飯作るからね」
そう言って私はぽんっとメリーの頭を撫でる。ほんとにこれが幽霊だなんて信じられないものだ。
洗面所へ向かい、ささっと顔を洗い、歯を磨く。学校が始まる時間は8時、家から学校までは歩いて30分程である。1時間程度の猶予がある。その時間のうちに朝食や弁当の準備をするため、正直余裕がある、とまでは言えない。
これで大人になって厚化粧なんぞし始めたら、とてもじゃないが間に合わないだろうと思う。
「メリー、パン焼いといて~!」
顔を洗い終え、リビングにいるメリーに指示を送る。さすがに料理を任すことは出来ないが、簡単なことならさせることにしている。本人が手伝いたいと願い出ているのもあるし。
しかし、この光景をなにも知らない人が見たらさぞ奇怪だろう。きっとメリーの姿は見えずに、パンがひとりでに袋から飛び出し、トースターにセットされている様子だけが見えるのだろう。
キッチンに向かい、冷蔵庫から卵を二つ取る。簡単大好き目玉焼きだ。子供の頃は若干のアレルギーはあったものの、今はそうでもない。ただ卵かけご飯など、生卵は変わらず苦手らしく食べるとなんというか、喉の内側が物凄く痒くなるのだ。
「はい、目玉焼き一丁!」
お皿に目玉焼きを乗せると同時に、トースターからこんがりと焼き上がったトーストが跳び跳ねる。
不器用にトーストにバターを塗るメリーを見かねて軽く手伝ってあげる。こうして朝っぱらから美少女といちゃつけるのは悪くない。
紅茶をすすり、朝のニュースを見る。
いつも通り、面白味のないニュースだ。少ししていつもの占いが始まる。
「今日のナンバーワンは天秤座のアナタ!」
獅子座はどうやら最下位らしい。
占いを完全に信じる。なんてことはないのだが、その日のモチベーションには多少影響する。
そりゃ、「アナタは今日一日運勢最悪です」と宣言されれば、誰だって無意識のうちに悪い方に考えてしまうものだ。
「さて、そろそろ行かないとね」
占いも終わり、食べ終わった食器を片付ける。今日から学校に行くことになりメリーも少しだけそわそわしている。
もしかしたら、ということもあるかもしれないが。おそらく彼女の姿は誰にも見えないだろう。
「ほら、いくよ」
メリーの手を軽く握る。それに応えるように握り返す。目があって少し微笑む。
新婚のバカップルか何かか。
これか。
最近楽しそうに見える私の顔は。
これはいかんな。真顔を保て私。
メリーと私は普通に会話をしてコミュニケーションを取っている。少なくとも私はそのつもりだ。
当然、周りの人にメリーの声は聞こえない。私一人が喋っているように見えてしまう。だからといって私にテレパシーが使える訳でもない。
なので、昨晩簡単にだが喋れない時用の合図を考えた。
私が指一本立てた時は「はい」、二本なら「いいえ」。それだけだ。
授業中はペンもノートもあるから筆談が可能だ。
「メリーの制服姿。見てみたかったな~」
学校への上り坂を歩きながらメリーに微笑む。春になれば桜で満開になり、新しく入学する者達を歓迎する。
頭の中でメリーにうちの高校のブレザーを着せてみる。
うーん。やっぱりブレザーよりセーラーの方が似合いそうな気がするなぁ。
……中学校の頃の制服着せてみようかな。
そんな悪巧みに想いを馳せているうちに、ついに校門まで来てしまった。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
校門の前に仁王立ちする風紀を取り締まる体育教師に軽く挨拶をする。いわゆる熱血教師だ。言わずもがな苦手なタイプだ。
「こぉら!山下ぁ!原付通学は禁止だと何度言ったら分かる!!」
自分の背後で上級生らしき人物の名前が叫ばれビクリとする。
「うっせーなぁ、俺の勝手だろ」
山下と呼ばれた金髪の男が言った。見るからにヤンキーである。変に絡まれないようにそそくさと、校内にメリーを連れて逃げ込んだ。
「怖かったねー」
メリーが校内を見回しながら言った。
そうだねー。巻き込まれなくてよかった。
……ん、メリーは今なんて言った?
「メリー、さっきの金髪の、見えたの?」
うん。と頷くメリー。
周りからメリーが見えてないのと同様に、メリーからも"認識"しているもの意外見えていないと思っていた。
「ちょっと前からなんだけどね。おねえちゃんに触れてると、伝わるんだ」
私の手足を介して物体に触れられるようになっているように、私の目を介して物を見ることができるようになったと言うことか。
暮らすうちに親密度が増したお陰か。
もしくは――
「とりあえず、教室行こうか」
親しくなっている。とりあえず、そう考えることにした。
手放しで喜んで良いことかは判らないが。
ガラッ
1年4組。自分の所属する教室の扉を開ける。なにか空気が重たい。それに反してメリーの顔は明るい。
あっ。
数人と目が合う。
瞬間、気まずそうに目をそらされる。
教室の窓側後方、数人が机を囲んでいる。私の机だ。
机を囲んでいる生徒達と目が合うと、そそくさと机から離れていった。
少しだけ異様なのがこの入り口からでも分かる。
皆が目を逸らす中、ねっとりとした視線が送られているのを感じる。
バカ
クソビッチ
淫乱
エンコー女
死ね
ブサイク
ゴミ
消えろ
いつも使っていた机にはおびただしい数の罵詈雑言が色とりどりのに書かれ、胸を貫かれた藁人形が打ち付けられていた。