第六話:私、お買い物にいくの
「ただいまー」
私の声に反応してパタパタと一匹の小動物が走り出してきた。
「お姉ちゃん、お・か・え・りー!」
あっ。
躓いたその小動物は大きく前のめりになり、そのまま私にタックルするような形ですっ飛んできた。
「廊下は危ないから走らないの」
なんとかキャッチして嬉しそうに笑う妹にそう言った。
「じゃ、買い物行こうか」
通学鞄を玄関に置き、メリーの持ってきたエコバッグを手にとって、二人で夕飯の買い物に向かう。
私と手を繋いでいないとメリーは家から出ることが出来ない。家の外の世界に"認識"できるものがないせいなのだろう。
だからこうしてメリーと共に暮らし始めてからは、メリーの記憶を探る為の散歩を兼ね、学校から帰ってきてから買い物にいくようにしている。
最寄りのスーパーまでは歩いて15分くらいである。少し遠回りして30分くらいかける。メリーにあの夕焼けは見えてるのだろうか。
「ねぇ、メリー。トイレの花子さんって知ってる?」
幽霊になって長い間一人だった彼女は名前も、死んだ理由も、何もかも忘れてしまっていた。
だが、意外と覚えている。いや、知っていることもあるようだ。
好きな食べ物を聞けば、「オムライス!」とコンマ1秒で回答してみせたりする。
「えーと、たしか、学校の女子トイレの奥から3番目の扉を3回ノックするとでてくるんだっけ?」
敬語を使っておどおどしていた時も可愛かったが、こうして慣れ親しんでくれているのも物凄く可愛い。
「都市伝説って言うんだっけ?」
そう、都市伝説だ。かく言う彼女もメリーさんという都市伝説の一部のようなものだが。
やはり都市伝説というのは地域によって伝わり方が千差万別らしく、すべてが全く一緒と言うことはあまりないらしい。
「その花子さんがどうしたの?」
なんとなく。ほんとに何となくだけど、こうしてメリーさんが居るなら、トイレの花子さんだってホントに居るのかもしれない。そう思っただけだ。
「学校でそんな噂を聞いてね。あんまりオカルトチックなの興味ないんだけど、目の前にこうして実在してるとなると、気になっちゃうっていうか」
少し照れ隠しをする。なんだかんだとそういうものに期待してしまっている自分が恥ずかしい気がした。
スーパーに着いて食材売り場を二人して歩き回る。こういった人の多い場所ではメリーと会話しないようにしている。空気と会話している痛い人に見られてしまうからである。
今日は焼きそば用の麺が安くなっている。まるで、スーパーに夕飯を決めつけられている気分ではあるが、致し方がない。
生活費は両親の貯金を切り崩している状況である。アルバイトをする気力もない。ただただ両親の居ない喪失感に、1日項垂れる毎日だった。メリーが現れるまでは。
「お姉ちゃん」
会計が終わり、店を出ると同時にメリーにくいっと袖を引っ張られ、呼び止められる。
少し上目遣いになりながら言い出しにくそうにするメリー。ズルいと思うんだよね。そういうの。
「私も、学校に行きたい!」
少しビックリして荷物を落としそうになってしまった。
きっと私の聞いて興味を持ったのかもしれない。とは言っても、聞いて面白い話をしたつもりは無かったが。
あ、そうか。本当の年齢が幾つかは分からないがメリーも中学生くらいの年頃だ。学校に通いたいと思っても不思議ではない。
きっと、生前はさぞモテモテだったんだろうな。羨ましい……。かく言う私はこの性格だ。そう言った色恋沙汰にはあまり縁がない。
興味がない。訳ではないが……。
「でも、行けるかな」
今のメリーの行動範囲は、自宅からこのスーパーまでの往復程度だ。
これでも2週間前に比べたら大分進歩したのだ。
メリーが家に来た次の日には、既に彼女はこの家から出ることが出来なかった。
家を出ることを極端に怯えた。暗闇の中に戻るのが恐ろしいらしい。
"認識"することで"触れる"ことを覚えたメリーは"未知"に対して酷く脆弱になっていた。三度目の挑戦で外へ足を踏み出そうとした瞬間、"認識"できていない地面をすり抜け、奈落へ落ちそうになった。
その時に私が手を引っ張ったことで、私を介し地面を"認識"することができるようになった。
よく幽霊との波長が合うと見れるようになったり、コンタクトを取れるようになる。なんて話を聞く。そんな感じなのかもしれない。
彼女との波長が合っている為に、触れあっている間は私が"認識"している物が、メリーにも伝わるようである。
「いいよ。一緒に学校、行こう」
いずれにせよメリーの行動範囲を広げていかないと、彼女自身の目的を達成することもできないはずだ。
「さぁて、帰ったら焼きそばだよー」
陽が沈む。何時かはメリーにも見えるといいな。この町の夕日。