第三話:私、あったかい場所にいるの
時刻は既に夜の10時を過ぎていた。
まさか"幽霊"と食卓を囲うことになるとは考えても見なかった。
「凄いです。料理できるなんて」
メリーから感嘆の言葉が漏れる。一応料理を始める段階で、食材やキッチンまで逐一"見える"ようにしている。
そのおかけで遅くなってしまったのだが……。
メリーの前にハンバーグの入ったお皿を置いてみる。既にお箸を手にして待っている。食欲はある?というべきなのだろうか。
メリーが一体どのくらいの時間、暗闇に囚われていたのかは分からないけれど、少しは楽しめてくれているならこちらも嬉しい。
料理の最中で分かったことではあるが、匂いや熱を感じることは出来ないらしい。その物に触れることしか出来ないようだ。
と、なると味覚もやはり感じないと考えるべきであろうか。
「じゃあ、"食べて"みましょうか」
そう言って二人一緒に「いただきます」と両手をあわせる。
"誰か"とご飯を食べるのはおよそ半年ぶりくらいだろうか。少し懐かしい感じがする。
メリーの持つお箸が少し小さめのハンバーグに突き刺さり、メリーの指の動きに合わせて形が歪み、ハンバーグが一口サイズに分断される。
箸という物質を介して他の物質に接触する事も可能らしい。
そして箸に摘ままれたひき肉の塊が徐々に持ち上がり、メリーの口の方へ運ばれていく。
パクリ。
モグモグ。
ごくり。
食べた!噛んだ!飲み込んだ!?
本当に、"食べた"?食べられた?
どこかの映画で見た「口の中に放り込まれたけど、そのまま通過して床に落下してる」なんてことはないのか?
私は慌ててメリーをちょっと立たせての座っていたところを見る。
何もない!!
それじゃあ、食べたものは一体どこに?
驚きを隠せない。"幽霊"が物を食べることができるなんて前代未聞である。
「あ、ああ、味、分かるの?」
いかん。声が震えている。動揺しすぎだぞ私。
「うん、すっごく美味しい!すごく……美味しいよ……」
目をキラキラと輝かせて言ってくれたかと思うと突然メリーは大粒の涙をこぼし始めた。
零れた雫はカーペットに溶けていった。染み込んだのか、透過したのかは分からないが。
「ご、ごめんなさい。泣くつもりじゃ、なかったんだけど、えぐっ。
凄く、懐かしい感じがして、ひくっ」
涙と共にメリーのずっと孤独だった想いが溢れだしたのだろう。
私はそっとメリーを抱き寄せて頭を撫でる。もし、自分に妹が居たら、ちゃんとこういうことしてあげられたのかな。
―――
「落ち着いた?」
暫く抱いたあと再び食卓につく。自分の料理は、自分でしか食べたことなかったから誰かに「おいしい」と言われるとなんだか少し恥ずかしい気持ちになる。
「私も聞きたいことがあるんですが、良いですか?」
メリーはまたひとつハンバーグの欠片を摘まみ、口に放る。箸の扱いを見ると生前は日本に長くいたのは間違いないだろう様子が窺える。
というか、メリーからの質問か。少しドキリとした。
「椿さんって、一人暮らしをなさっているんですか?」
どうやら私が自宅に帰ってから、家族との会話をする素振りを、見せなかったから疑問に思ったようだ。
「ええ、今は一人暮らしをしてるわ。
少し前までお母さんも、お父さんも一緒に居たんだけどね」
両親は半年前に交通事故にあった。私が中学を卒業する日だった。
両親は一人娘の中学生最後の姿を写真におさめるために、少し遅れて車で学校へ向かっていた。
その時、向かいから大型トラックに激突され、車は大破。父は死に、母は車に押し潰され意識不明の重体。
目は覚ましたものの、今もまだ入院中の母。下半身不随は逃れられないらしい。
今日も実はお見舞いに行った為に遅くなったのだった。
あまり、思い出したくはない思い出だ。
「ごめんなさい……。お母さん、早く元気になるといいね」
ひと通り話を聞いたメリーが慰めてくれる。
"幽霊"に慰められるって一体……。
なんだかしんみりした空気になってしまった。
「ねぇ、メリーは今は何も覚えてないけど、何かを探してさ迷っていたんでしょう?」
話題を変えるために改めて聞いてみる。
"何かを探して"というとやはり、未練の残る死を遂げたということになるのだろう。もしかしたら誰かを恨んでるのかもしれない。
「はい。何も思い出せない……ですけどど」
メリーはこくりと頷いて答えた。
「どうしても、見つけたい?」
こうして知り合ったのも何かの縁だし、幽霊と接触出来る機会なんて今後二度と起こり得ないかもしれない。
彼女の、メリーの未練を断ち切ってあげたい。そう思った。
「ねぇ、私の妹にならない?」
突然の私の発言にメリーはただただポカンとしている。もし、私が男なら完全にアウトである。
「さっき言った通り、今は一人でこうやって暮らしててさ。
慣れたとはいえ、やっぱり、寂しいもんなんだよね……」
独りきり。そんなもの、彼女の方がずっと、ずっと長く感じているのに。
「昔からさ、妹が欲しかったんだ!
貴女の探し物も、一緒に探してあげる!
お姉ちゃんとしてね!」
ふふん。と鼻を鳴らして見せる。
相変わらずメリーはポカンと口を開けてこちらを見つめている。
「……ダメ、かな?」
少し恥ずかしくなり、誤魔化すようにぎこちなく笑ってみる。
「いいの?」
か細い声が聞こえた。
今更だが、この声も私の耳には届いているつもりだが、実際には音による空気の振動はないんだろうな。
テレパシーのようなものだろうか。
「"幽霊"なんかが、妹で良いの?」
上目遣いで私を見る。卑怯である。
「構わないよ」という言葉を込めて、笑みを作る。
「ありがとう……。椿さん。
宜しく、お願いします……」
少し涙声になりながらメリーは顔を伏せる。
「是非是非!
"おねーちゃん"って呼んでね」
メリーの頭を撫でながら私は言った。
"幽霊"なんて関係ない。
私には触れられる人間そのものだ。
これからの生活、少しだけど、前向きに生きて行けそうだ。